2010年12月28日 12:59 (
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ホットケーキの話−7
クロリネーションによる、小麦粉のプライムスターチ(PS)区分の話がまだでしたね。
小麦粉のクロリネーションで、ホットケーキの弾力性の改良効果の生じる事は、お話ししました。
その原因が、小麦粉酢酸処理分画、再構成粉のベーキング実験から、小麦粉PS区分に起る何らかの変化によるものであることを明らかにしてきました。
そしてそのPS区分に起る何らかの変化とは、小麦デンプン粒表面(PS区分の構成成分)の微量タンパク質がクロリネーションで疎水化に変化する事を示し、その原因でホットケーキ組織弾力性に改良効果のでる事をお話してきました。
小麦デンプン粒表面に存在する微量タンパク質を構成するアミノ酸のうち、リジン、フェニルアラニン等が、クロリネーションで疎水化する事も明らかにしてきました。
クロリネーションして疎水化したデンプン粒表面タンパク質、と泡との関係、あるいはバッター(ケーキ用粉に水などの液体を入れ混合したもの)中のPS区分とT区分との相互関係のクロリネーションによる変化などについてもお話しいたしました。
次に、デンプン粒表面にタンパク質が本当に存在するのかどうかが大きなポイントになります。当時の国内外のデンプンのテキストにはデンプン粒表面の記載はなく、我々にとってその役割なども全く不明でした。デンプン粒はアミロース、アミロペクチンの鎖からなり、表面は坊主の頭みたいにつるっとしているようにイメージされていました。
我々は、研究している以上、学会に発表する義務がありますね。
学会ではクロリネーションの仕事を発表するときに、やはりデンプン粒表面タンパク質の事が大いにひっかかります。学会では専門家からどのような批判を浴びるかでした。それは気になりますが、しかし厚かましくそれを発表してゆかねばなりません。
大分前でしたが、農芸化学会大会では、発表直前に小生の発表の座長の方が小生のところにやってきて、要旨を見たのでしょう、「デンプン粒の表面にはタンパク質はないよ。そんな事は言わない方がいいよ。」と言われ、愕然とした記憶があります。
その後も、デンプン粒表面のタンパク質の事が気になりそちらの研究に歩を進めました。
小麦粉とは、多糖類(デンプン粒等)、タンパク質(グルテン等)、脂質、その他小麦を構成している数多くの成分の集合体です。単一のように見えますが、単一ではありません。そこからデンプン粒を酢酸分画法で取り出すのですから、粒表面にはタンパク質が洗浄不十分で、付着しているかもしれません。そこで、注意深く洗浄して、デンプン粒を取り出しました。
粒表面にタンパク質があるならば、タンパク質染料(タンパク質を染める染料のこと)で粒を染めてみてはどうかと思いました。タンパク質染料には、青、黒、赤、黄色等いろいろあり、元は何れも羊毛などのタンパク質繊維の染色から生まれてきた合成色素です。
これらを用いて、片っ端からデンプン粒を染めてゆきました。色素溶液中によくデンプン粒を馴染ませて、よく色素を吸着させた後、これを水で十分に洗浄し、洗った洗液に色がつかぬほどに徹底的に洗浄しました。しかしデンプン粒に吸着した色素は外れません。
その後、染色したデンプン粒を取り出しシャーレ(硝子皿)中に入れ、室温で乾燥すると、未染色のデンプン粒が純白なのに比べ、染色したものは、それぞれの色に着色してます。デンプン粒表面タンパク質の存在が確認された訳ですが、だけどさらに色素のコンタミ(汚れ)かとも見られます。
デンプン粒表面に色素が付いているのかどうか、をしっかり確認する為には、顕微鏡観察するしかありません。顕微鏡観察してデンプン粒1個の表面を見ると、しかしながらその色はうすく、大丈夫かなと思うぐらいで、きれいなカラー写真はとれなかったのです。
そこでもっと強烈にタンパク質を染色したい。それをするものはないだろうかと捜しました。
丁度その頃、アメリカの研究者Udenfriendのタンパク質微量定量法の事を思い出しました。彼は蛍光染料を確か使っていたはずだと。その色素はフルオロスキャミンです。非常に微量のタンパク質の確認の時に都合が良いのです。
この蛍光色素を小麦デンプン粒表面に付着させ、もしタンパク質があるならば、フルオロスキャミンと反応して初めて、パッと蛍光を出します。そのままでは単なる純白なデンプン粒であり、これでは蛍光を発しているかどうかは分かりません。高価な蛍光顕微鏡が必要なのです。
当時、大学時代の同期生、宮本君はロッシェの研究所(鎌倉)にいました。彼のところならこの装置もあろうと、よく事情を言って頼んだところ、快く引き受けてくれました。サンプルを送りました。
しばらくして、彼から多くの写真が届きました。驚いた。未染色のコントロールはボーとして蛍光はありません。しかし染色したものは、全てきれいに蛍光を発しグリーンに光っているではないですか(Cereal Chem 63: 518-520, 1986 )。
この写真を持ってその年のAACC(American Association of Cereal Chemists)の国際会議にゆき、ポスター発表しました。たしかテネシイ州ナッシュビル市でした。
この時、小生のポスターの前には多くの先方の大学院生やら研究者らが集まりました。
彼らが何を言ってるのか、あまりはっきりわかりません。当の本人(小生の事)を差し置いて、彼らは小生の前で互いにデスカッションし始めたのです。後で聞いたのですが, 大学に戻ってからもそのデスカッションは続いたとの事でした。実は、デンプン粒表面タンパク質に大きな関心があったのです。その後、彼らとは手紙で交遊がありましたが、みんな素晴らしい人でした。
肌で感じるには、アメリカは回転が早い事です。当時院生だった連中は、早く教授になり、死亡する、リタイヤする、あるいはどこかにいなくなるという印象でした。そのスピードが早いのです。
その時、さらに印象的だったのは、ある温厚な老人が小生の所に来て、この写真(デンプン粒の蛍光顕微鏡写真)のスライドを作って送ってくれとの事でした。知らないのに失敬な人だと思いましが、帰国後直ちにスライドにして郵送しました。
その彼とは、Kansas州立大学のSeib教授でした。以後いろいろ可愛がってくれました。彼と知り合えたチャンスでした。
さらに翌年には、アメリカでの小さな学会、SRT (Starch Round Table)(この会については9月13日の本ブログに書きましたのでお読みください)にPurdue大のBeMiller教授が小生を呼んでくれました。その会では、特にデンプン粒表面タンパク質をテーマにした会のようでした。小生はクロリネーションによる小麦デンプン粒表面タンパク質の疎水化とパンケーキ弾力性の関係の講演をしました。驚いてました。
英国Reed大学、Schofield教授も講演されました。彼はそのころ、数ある小麦デンプン粒表面タンパク質のうち、あるタンパク質と小麦粒の硬さの関係を調べていました。そして、そのタンパク質にfriabilinと名前をつけていました。すばらし仕事でした。現在、彼の仕事は多くの人によりどんどん前進しています。
アメリカの学会は、進歩も早いし、面白いし、公平でいい学会だなと思いました。
さらにデンプンの話を続けます。
小麦粉のクロリネーションで、ホットケーキの弾力性の改良効果の生じる事は、お話ししました。
その原因が、小麦粉酢酸処理分画、再構成粉のベーキング実験から、小麦粉PS区分に起る何らかの変化によるものであることを明らかにしてきました。
そしてそのPS区分に起る何らかの変化とは、小麦デンプン粒表面(PS区分の構成成分)の微量タンパク質がクロリネーションで疎水化に変化する事を示し、その原因でホットケーキ組織弾力性に改良効果のでる事をお話してきました。
小麦デンプン粒表面に存在する微量タンパク質を構成するアミノ酸のうち、リジン、フェニルアラニン等が、クロリネーションで疎水化する事も明らかにしてきました。
クロリネーションして疎水化したデンプン粒表面タンパク質、と泡との関係、あるいはバッター(ケーキ用粉に水などの液体を入れ混合したもの)中のPS区分とT区分との相互関係のクロリネーションによる変化などについてもお話しいたしました。
次に、デンプン粒表面にタンパク質が本当に存在するのかどうかが大きなポイントになります。当時の国内外のデンプンのテキストにはデンプン粒表面の記載はなく、我々にとってその役割なども全く不明でした。デンプン粒はアミロース、アミロペクチンの鎖からなり、表面は坊主の頭みたいにつるっとしているようにイメージされていました。
我々は、研究している以上、学会に発表する義務がありますね。
学会ではクロリネーションの仕事を発表するときに、やはりデンプン粒表面タンパク質の事が大いにひっかかります。学会では専門家からどのような批判を浴びるかでした。それは気になりますが、しかし厚かましくそれを発表してゆかねばなりません。
大分前でしたが、農芸化学会大会では、発表直前に小生の発表の座長の方が小生のところにやってきて、要旨を見たのでしょう、「デンプン粒の表面にはタンパク質はないよ。そんな事は言わない方がいいよ。」と言われ、愕然とした記憶があります。
その後も、デンプン粒表面のタンパク質の事が気になりそちらの研究に歩を進めました。
小麦粉とは、多糖類(デンプン粒等)、タンパク質(グルテン等)、脂質、その他小麦を構成している数多くの成分の集合体です。単一のように見えますが、単一ではありません。そこからデンプン粒を酢酸分画法で取り出すのですから、粒表面にはタンパク質が洗浄不十分で、付着しているかもしれません。そこで、注意深く洗浄して、デンプン粒を取り出しました。
粒表面にタンパク質があるならば、タンパク質染料(タンパク質を染める染料のこと)で粒を染めてみてはどうかと思いました。タンパク質染料には、青、黒、赤、黄色等いろいろあり、元は何れも羊毛などのタンパク質繊維の染色から生まれてきた合成色素です。
これらを用いて、片っ端からデンプン粒を染めてゆきました。色素溶液中によくデンプン粒を馴染ませて、よく色素を吸着させた後、これを水で十分に洗浄し、洗った洗液に色がつかぬほどに徹底的に洗浄しました。しかしデンプン粒に吸着した色素は外れません。
その後、染色したデンプン粒を取り出しシャーレ(硝子皿)中に入れ、室温で乾燥すると、未染色のデンプン粒が純白なのに比べ、染色したものは、それぞれの色に着色してます。デンプン粒表面タンパク質の存在が確認された訳ですが、だけどさらに色素のコンタミ(汚れ)かとも見られます。
デンプン粒表面に色素が付いているのかどうか、をしっかり確認する為には、顕微鏡観察するしかありません。顕微鏡観察してデンプン粒1個の表面を見ると、しかしながらその色はうすく、大丈夫かなと思うぐらいで、きれいなカラー写真はとれなかったのです。
そこでもっと強烈にタンパク質を染色したい。それをするものはないだろうかと捜しました。
丁度その頃、アメリカの研究者Udenfriendのタンパク質微量定量法の事を思い出しました。彼は蛍光染料を確か使っていたはずだと。その色素はフルオロスキャミンです。非常に微量のタンパク質の確認の時に都合が良いのです。
この蛍光色素を小麦デンプン粒表面に付着させ、もしタンパク質があるならば、フルオロスキャミンと反応して初めて、パッと蛍光を出します。そのままでは単なる純白なデンプン粒であり、これでは蛍光を発しているかどうかは分かりません。高価な蛍光顕微鏡が必要なのです。
当時、大学時代の同期生、宮本君はロッシェの研究所(鎌倉)にいました。彼のところならこの装置もあろうと、よく事情を言って頼んだところ、快く引き受けてくれました。サンプルを送りました。
しばらくして、彼から多くの写真が届きました。驚いた。未染色のコントロールはボーとして蛍光はありません。しかし染色したものは、全てきれいに蛍光を発しグリーンに光っているではないですか(Cereal Chem 63: 518-520, 1986 )。
この写真を持ってその年のAACC(American Association of Cereal Chemists)の国際会議にゆき、ポスター発表しました。たしかテネシイ州ナッシュビル市でした。
この時、小生のポスターの前には多くの先方の大学院生やら研究者らが集まりました。
彼らが何を言ってるのか、あまりはっきりわかりません。当の本人(小生の事)を差し置いて、彼らは小生の前で互いにデスカッションし始めたのです。後で聞いたのですが, 大学に戻ってからもそのデスカッションは続いたとの事でした。実は、デンプン粒表面タンパク質に大きな関心があったのです。その後、彼らとは手紙で交遊がありましたが、みんな素晴らしい人でした。
肌で感じるには、アメリカは回転が早い事です。当時院生だった連中は、早く教授になり、死亡する、リタイヤする、あるいはどこかにいなくなるという印象でした。そのスピードが早いのです。
その時、さらに印象的だったのは、ある温厚な老人が小生の所に来て、この写真(デンプン粒の蛍光顕微鏡写真)のスライドを作って送ってくれとの事でした。知らないのに失敬な人だと思いましが、帰国後直ちにスライドにして郵送しました。
その彼とは、Kansas州立大学のSeib教授でした。以後いろいろ可愛がってくれました。彼と知り合えたチャンスでした。
さらに翌年には、アメリカでの小さな学会、SRT (Starch Round Table)(この会については9月13日の本ブログに書きましたのでお読みください)にPurdue大のBeMiller教授が小生を呼んでくれました。その会では、特にデンプン粒表面タンパク質をテーマにした会のようでした。小生はクロリネーションによる小麦デンプン粒表面タンパク質の疎水化とパンケーキ弾力性の関係の講演をしました。驚いてました。
英国Reed大学、Schofield教授も講演されました。彼はそのころ、数ある小麦デンプン粒表面タンパク質のうち、あるタンパク質と小麦粒の硬さの関係を調べていました。そして、そのタンパク質にfriabilinと名前をつけていました。すばらし仕事でした。現在、彼の仕事は多くの人によりどんどん前進しています。
アメリカの学会は、進歩も早いし、面白いし、公平でいい学会だなと思いました。
さらにデンプンの話を続けます。
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