「風と光と水」の思い出
11月10
日、京都聖母女学院短期大学の「感謝の集い」閉学記念式典、記念ミサがありました。前学長シスター小川先生の御挨拶が印象的でした。それは「風と光と水」を中心に据えた京都聖母女学院短期大学の建学の精神のはなしでした。この本は1988年(昭和63年)に出版された聖母女学院短期大学25周年記念誌です。1987−1988年にかけて、出川光治先生を中心に、シスター小川先生,松本紀代子先生、大草一治先生,小生とが一室に集まり議論しながら作成したものです。本の後半の年表は松本紀代子先生が中心になって作られました。31年前のことです。初めに25周年誌をという呼びかけがあり、出川光治先生は聖母女学院短期大学の精神を纏めたいと言われました。今になってそれは正鵠を得ていたと思いました。出川光治先生は、「聖書は日本の源氏物語が及びもよらないすばらしい読みものだ」と言っておられました。聖書の印象的な一節をページのメインに於き,聖母女学院の写真風景とを組み合わせて記念誌にしたいと言っておられました。聖母の風景を組み合わせて、螺旋階段を登るように一歩一歩前に進んで,その頂点にカトリックの聖母女学院短期大学の姿を浮かび上がらせたいと言われてました。小生にはそれが理解できず、どこかで批判し、当時の谷学長に叱られたことなど恥ずかしく思い出されました。
25周年記念誌委員会は出川先生の呼びかけで、週に数回、広い一室に集められ行なわれました。学園に関わる写真が写真家横山健蔵氏の手により撮られ、例えば"ひとの果物"(P18)ならば、その小型の写真を大きな台紙上に数十枚、貼付けられたものが示されました。「じっくり見て、思ったこと,感じたことを何でも話してほしい」と出川先生はおっしゃる。しばらく沈黙のひととき後、各先生方はそれぞれ言い出す。調理実習場面なら、「これはをパンを作っている授業ですね」とか、「学生たちが笑ってますね」とか、「このときの助手は誰々さんでしたね」とか,「聖書の中にパンのことを人の作った果物ということばがありますね」とか自由にしゃべり.それを横で出川先生は聞いておられました。話が出尽くしたら、今度は別のテーマの写真を同様に議論しました。授業を終え夜遅くまでこの作業が続いたと記憶があります。次回の委員会には新しい写真が横山健蔵氏から届きました。出川先生と横山氏とはこれまで多くの京都関連の公的な仕事を一緒にされていたようで、両者の呼吸はぴたりと一致していました。平凡な学園風景の中、本当の人物が,本当の事物が撮られているのには驚き、そのため写真を見ながら多くの議論が引き出されたように思います。議論がうまく進まないと聞くと,同一写真を納得ゆくまで撮影されました。子供写真を使っていただきましたが、自宅に数回おいでいただき撮影されたと家人から聞きました。夜遅く委員会が終わり,次回には出川先生が文面を作成してこられました。
驚きました。あの議論から、宝石のような言葉が,聖書の言葉とともに並んでいるではありませんか。先生は議論を聞いたその晩には,心にわき出る言葉を拾ってゆくのだと言っておられました。こうして宝石のような言葉と写真とが各ページを埋めていったのです。 "ロワールの川波(P4)"からはじまり、"かげ(P38)"、そして 最後の"ひかり(P78)"へと展開しています。聖母女学院短期大学開学のスタートから閉学までのストリーがこの中に全て凝集されています。最後のページ"ひかり"では、"大きな光の中へ,ミツバチたちの命が、小さく導かれてゆく。永遠の光となるためである。"と結ばれています。こうして今、この本を手にとると、「風と光と水」には本学のインテリゲンスが燦然と光り輝き、そして本学の存在を永遠に打ち鳴らす記念碑と感じられました。
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