なぜ今、グルテンフリー食品が必要なのか?
1、セリアック病、小麦グルテンアレルギー、グルテン不耐性の違い。
概論
小麦粉が引き起こす病気には大きく分けると3種ある。(ⅰ)セリアック病(CD)、(ⅱ)小麦アレルギー、(ⅲ)グルテン不耐性である。口から入った小麦グルテンの体に対する働き方がそれぞれ違う。特にセリアック病は他と異なり、小腸上皮細胞から固有層内にペプチドが入り込んで引き起こされる。何れも貯蔵タンパク質のグルテンが原因であるが、一度病気が生じてもグルテンを食べなければ回復する。小麦8千年の歴史、これを主食とする欧米人にとり深刻な問題であるが、我々日本人を含め食の欧風化を進めるアジア人にとってもこの問題は目と鼻の先である。小麦には水溶性タンパク質(アルブミン)、塩可溶性タンパク質(グロブリン),70%アルコール可溶性タンパク質(プロラミン)希酸、過アルカリ可溶性タンパク質(グルテリン)があり、このうちプロラミンが病気の原因である。(ⅰ)セリアック病は自己免疫的(薬理学的)な病気で、和らぐまで週-年、腸障害を起こす。アメリカ人のO.9%が相当する。(ⅱ)小麦アレルギーは小麦タンパク質による免疫反応である。アレルギー反応は多くの組織に影響する。小麦ω5−グリアジンが重要アレルゲンでIgE対応するもので(IgE結合エピトープQQIPQQQが知られる)、アメリカ人の2.2%が相当する。アナフィラキシーは少量のアレルゲンで、非常に素早くひどい反応をおこす病気で、呼吸困難、血圧低下を示し死に至る。軽い徴候としては、腫れ、かゆみ、口元、舌、唇、のどのかゆみがあり、迅速反応は食事摂取後2−3時間以内の蕁麻疹、血管浮腫、アナフィラキシー、むかつき、嘔吐、下痢、鼻炎、気管支閉塞が特徴。非迅速反応は食事摂取後、数時間から1−2日間後の湿疹症状、緩い便、下痢が特徴。アレルギーを引きおこす量は、数mgから数gのグルテンで、治療法はグルテンフリー食品のみである。小麦アレルギーはいつも子供におこり、アナフィラキシーは大人におこる。(ⅲ)グルテン不耐性の場合,不消化のペプチドはさらに大腸に至って腸内の微生物により利用され、増えた微生物が体に腸障害を起こす。グルテン不耐性はグルテンのどの成分が症状を引き起こすのか、微妙な小腸の形態学的変化があるかどうかは不明である。ラクターゼがないために生じる乳糖不耐性に類似の病気である。ゆっくり(時間-日)腸障害をおこす。死には至らない。アメリカ人の5.5-6.4%が相当する。
セリアック病(CD)は、グルテンによりおこる腸苦痛の病気で、子供では、慢性下痢、腹部膨満、筋肉疲労、低血圧、食欲不振、体重減少、身長が小さい、思春期がおくれる、脱水、電解質不均衡、低血圧、嗜眠、鉄欠乏性貧血がある(図1)。大人では、下痢、倦怠感と疲れ、体重ロス、腹部の膨張、神経障害、小腸変性症を示す運動出張症、関節症、不妊症、及び出血障害、疱疹上皮膚炎、水泡性皮膚疾患の症状がある。
CDは多くの地域において人の生命を脅かす病気である。病気徴候の欠落(silent)のためで、未治療者が多く血清学的スクリーニングで確認されるのみである。血清学的スクリーニング法からヨーロッパでは0.75-0.4%、最も高いセリアック病の蔓延はサハラ人でCDが5.6%ある(表1)。CD患者の多くは未診断で、骨疽鬆症、不妊症、又は癌などの合併症の危険性がある。セリアック病はどんな年齢にもあるが、典型的には子供初期時代に表れる。遺伝子HLA-DQ2/8を持つヒトに現れるといわれる。アジア人にはHLA--DQ2/8をもつヒトが少ないからCDはいないのではといわれるが、CDに関連する非HLA遺伝子はまだ検討中である。多くの非HLA CDリスク遺伝子座は、他の免疫関連疾患、特に1型糖尿病および自己免疫性甲状腺炎と共有されているといわれる。伝統的な米を食べるアジア諸国では、小麦が主食になりつつある。これらの栄養の傾向により、アジアの人々におけるCDの有病率の増加が近い将来予想される。本邦にもCDの患者が認められた。悪性リンパ腫症239例中、CDに関連すると思われる例が5例(2%)認められた。グルテンは小麦、ライ麦、大麦貯蔵タンパク質中にあり、アミノ酸のプロリン(P)、グルタミン(Q)が多い。高グルタミン含量はトランスグルタミナ−ゼ(TG2)の基質になる。
小腸に達したグルテンペプチドは、ゾヌリンにより小腸の上皮細胞間のジャンクションを解放して上皮バリアを通過し、内部粘膜固有層に達する。TG2で脱アミド化、又架橋した免疫原性エピトープとなり、APC(抗原提示細胞)上の
HLA-DQ2/8への結合が起こり、グルテン感受性T細胞へ提示され、炎症性Tヘルパー応答の活性化をする。サイトカイン(インターフェロン等)上皮細胞損傷をする免疫分子の産生がおこり、上皮がアポトーシし、粘膜破壊し腸の炎症を起こす。T細胞はB細胞を活性化しグルテンの抗体、TG2の自己抗体を作る。小腸絨毛の破壊に至る病気である。絨毛からの栄養素の吸収が出来なくなる。
ヒトの消化器官で分解できないペプチド、エピトープについて調べられた。
これらが小麦の病気を引き起こし、特にセリアック病(CD)ではゾヌリンにより小腸表面を通過して内部に入りトランスグルタミナーゼ(TG2)関与による免疫原性エピトープとなり,自己免疫疾患を生じる。セリアック病を引き起こすエピトープはQPQQPFP、QPQPFPPQQPYP、PFVQQQQ、QPQLQQQVF等が知られ、何れもFフェニルアラニン, Yチロシン、Lロイシン等を含みQグルタミン、Pプロリンが中心と成る。貯蔵タンパク質は、プロリンによる特殊な立体構造(急に折れ曲がる立体構造)を示し、外部からの分解に対し抵抗性を高くしているものと考えられる。L--P、 F--P、Y--Pはペプシン、キモトリプシンによって殆ど切断されない。ヒトの消化管にはプロリルエンドペプチダーゼ(PEP)はない。これらエピトープの毒性は証明されている。大麦ではhordeins、ライ麦ではsecarin、オート麦ではavenin、小麦ではgliadinが貯蔵タンパク質である。
例えば小麦グルテニンのうちHMWグループ(図4)はアミノ酸残基600-800、分子量70,000-90,000、グルタミン(26-36%)、プロリン (10-15%)、グリシン (16-20%)で全アミノ酸残基のうち60%、非反復N末端ドメインA はアミノ酸残基100、反復中央ドメインB はアミノ酸残基500-700, 非反復ドメインC はアミノ酸残基40で、ドメインBは毒性hexapeptides QQPGQGから成るバックボーンである。
4. グルテンを避ける人はだれか。
米国人の例:ライフスタイル;グルテンフリー食品が健康に良いと信じている人、グルテンフリー食で体重管理(4.6%)、セリアック病(CD);唯一の治療法はグルテンフリー食。殆どの人は未診断だが、近年ひろがるセリアック病(0.7%)、その他の健康異常;多くは、自閉症、多発性硬化症、注意欠陥多動障害、過敏性腸症候群、その他異常の徴候を持つ人(1.4%)、小麦アレルギー;小麦は"Big
8"アレルギーの1つ(0.5%)、グルテン不耐性或は感受性;ある人は、グルテンにより便秘、下痢、疲労、及び貧血等複数の問題を持つ(4.6-9.1%)。ある研究でKorean War (朝鮮戦争)に参戦した兵士の血中セリアック病関連抗体のレベルが、最近の米国民の抗体形成レベルより低かった。セリアック病の広がりは、1970 年では人口の約0.2%だったものが2000年では約1.0%に増加している。近年、CD患者が増えている。
5. 欧米に於けるグルテンフリー製品の動向
最近までグルテンフリーベーカリー製品のマーケットエリアは非常に限定されていた。グルテンフリー製品は、一般にグルテン含有製品より品質が悪く(貧弱な食感、フレーバー、見てくれ)、高価である。普通の人は、グルテンフリー食品は品質が良くなく、それらを買いたくないという意見を持っていた。しかし、近年このマーケットは大きく成長し、香り、テクスチュア、見栄えのよい高品質グルテンフリー製品が富んできた。しかも高品質のグルテンフリー製品を納得ゆく価格で作る製造業者は、セリアック病患者を持つ家族全体をターゲットにした。
もし同じものを家族全員で消費できれば、"2つの台所"は必要なく、家族の絆も弱くならない。消費者マーケットは新しいものになる。
グルテンと間接的に関わる他の病気(例えば自閉症、多発性硬化症など)との間の医学的なつながりは未だ十分に理解されていない。しかしながら医学の専門家は、彼らにグルテンフリー食事を進めている。グルテン摂取は健康上何も問題はないが、ただグルテンが不健康なのだという人もいる。これは、もちろんマーケットにとって最も不明瞭なグループである。グルテンはバランスのとれたタンパク質ではなく、ある種の必須アミノ酸に欠けるが、しかしグルテンの入ったベーカリー製品は、千年間食べ続けられてきて、ふつうの人には何も体に悪い影響はなかったのである。にもかかわらず、多くの人は、曖昧なままにマスコミからの報告に影響を受けている。
6. グルテンフリー製品製造上の注意
グルテンフリー製品製造業者にとって重要な注意すべきことは、はっきりしたグルテンフリー成分であるかどうかを知ることと、原料中のグルテン含量を知ることである。グルテンの閾値は 20mg/kgである。ロゴ利用の場合、許可、契約譲渡の確認、正確で明快なラベリングとグルテンフリー消費者との安全性の確認である。グルテンフリー食品製造用設備には、グルテンフリー専用の加工室と装置が必要である。グルテンフリーの保証された原材料なのかどうかの確認が必要である。22サンプル中7サンプルに高グルテン含量が見つかった例もある。
7.
グルテン含量定量
サンドイッチELISA法、競合的ELISA法があり、各法ではモノクローナル抗体(mAb)またはポリクローナル抗体(pAb)による抗原抗体反応を利用する。ω-セカリンに対して精製されたmAbs(R5)にもとづくキットが欧米市場に出回る。
サンドイッチELISA法は分子量の大きな抗原用に便利で、抗原には2エピトープあり抗原と酵素ラベルした抗原で着色反応で測定する。競合的ELISA法は1個のエピトープのみの小さな抗原の場合で、一部加水分解サワードウ製品、モルト、ビール中の抗原を調べる。以下ビールの測定例で競合的ELISA法の方が正確である。
8. グルテンフリー製品
小麦関連病治療はグルテンフリー食事療法しかない。十分な栄養分を含むグルテンフリー製品は極めて少ない。食物繊維、ビタミンB群、鉄、カルシウム、ビタミンD、マグネシウム等の不足である。ラクターゼ欠損による乳糖不耐性になる。グルテンフリー製品用の各種素材としてコーン、アワ、オート麦、米、モロコシ、テフが利用されている。全粒コーンは、ビタミンA、抗酸化剤、カロチノイド(例えばルテイン、ゼアキサンチン)等の重要な栄養素を与える。コーンツエインは、小麦グルテンと類似の粘弾性機能を示す。アワ(Millet)は、軽くクリーミーで黄色く、味がないが少々ナッツ的で甘いフレーバーを与える。 オート麦はどんな穀物よりも多くの可溶性繊維が含まれており大きなメリットである。アマランス、ソバ、キノア等の擬似穀物利用は高品質タンパク質、豊富な繊維、ミネラル(Ca, Fe等)として重要。非穀物成分としてイヌリン、イモ類、マメ、非穀物タンパク質(ミルク,卵等)が利用される。その他、酵素α-Amylase、Cyclodextrin Glycosyltransferase、 Sugar oxidases 、Laccase、Transglutaminaseがある。
9. 小麦グルテン機能の代替
これまでのパンとグルテンフリーパンとの製パン方法の違いを示した。
小麦グルテンの機能は、ドウやバッターのガス保持、水分結合、構造のセット、乳化、口腔のチューイング性があるが、代替品でグルテン機能を得る方法として、(ⅰ)ある成分と酵素類との合わせ、(ⅱ)アマランスやソバのような粉、(ⅲ)ハイドロコロイド、(ⅳ)グルテンフリータンパク質に交換がある。そのうち(ⅰ)として卵、脱脂ミルクとトランスグルタミナーゼの例がある(図7)。(A)、(C)は卵,脱脂ミルクをドウにいれて発酵後のもの、(B)、(D)はトランスグルタミナーゼをそれぞれに加えたもので、卵、脱脂ミルクタンパク質のネットワーク化がみられ、グルテンの様な効果が得られた。グルテンの機能を十分に理解していれば、他成分のシステムでグルテンの機能と同一のものに置き換え可能である。市販のグルテンフリーパン仕込みは高度な企業秘密である。
10. サワードウによるグルテンフリー製品
小麦粉が引き起こす病気は、ヒトの体にプロリルエンドペプチダーゼ(Peps)のないことが大きな原因である。小麦グルテンの毒性エピトープがこれらの病気を引き起こすなら、外部からの酵素添加でエピトープを分解しセリアック病防御が出来ないかどうか検討された。
セリアック病の治療法はグルテンフリー製品のみである。しかしコスト高であり、栄養価不足の品質の悪いものである。患者の要望はグルテンを含むおいしい製品を食べたいが、食べた後の苦痛を避けるための何らかの錠剤、またはワクチンが欲しい。近年、これら病因の知識の向上により、治療の開発は進んだ。新しい治療法のフェーズII臨床試験が進行中である。
①免疫反応を誘発しない小さなサイズまでグルテン分子を分解する。バクテリア、菌類、発芽穀物のプロリルエンドペプチダーゼ(PEP)等利用である。
臨床試験中。錠剤ALV003(PEPとEP-B2)、第II相試験中。人工酵素(KumaMax 武田薬品)はエピトープPQLPを分解。酸性条件下で非常に活性が強い。ペプシン(pH4)およびトリプシン(pH7)に耐性がある。
②グルテン封鎖ポリマー利用。グルテンのポリマー樹脂へ結合し機能を抑える。
ヒドロキシエチルメタクリレートと4-スチレンスルホン酸ナトリウムの線形高分子量コーポリマーの利用。
③プロバイオティクス細菌による毒エピトープ破壊。ビフィズス菌、臨床試験中。
④ゾヌリンを阻害して腸管に隙間が生じるのを防ぐ。グルテンペプチドのケモカイン受容体CXCR3への結合で、ゾヌリンの放出を防ぐ。ララゾタイド(AT-1001)による第II相試験(アルバ社)。
⑤トランスグルタミナーゼ(TG)がエピトープの形をかえる事を阻害する。TGによりグルタミン残基からグルタミン酸残基に変換し、ヒト白血球抗原(HLA)-DQ分子に対する親和性が増加してT細胞刺激が増加するのだが、これを抑える。
阻害剤KCC009等、臨床試験、計画段階。
⑥ペプチドは抗原提示細胞の表面のHLA-DQ分子に結合し,T細胞の活性化,およびその適応免疫応答を促進するのだがこれを抑える。さまざまな種類のペプチドブロッカーが開発、安全性検討中。
⑦炎症の調節。サイトカイニンに対する抗体を利用する。
⑧寄生虫の鉤虫に感染させ免疫反応を抑える。寄生虫Necator
americanus(試験中)。
⑨予防接種、治療ワクチン接種の開発。治療ワクチン(NexVax2)が開発。
⑩
RNA干渉を用いた遺伝子工学。(2006年にノーベル生理学医学賞)ファイアーとクレイグ・メローら。α-グリアジンのサイレンシングに成功。患者のグルテン感受性低下させた。消費者による遺伝子組み換え小麦に対する反対あり。
⑪ホルデインを含まない大麦。グルテンフリービールの作成。
13. 結論
小麦を主食としてきた欧米の国々が悩んで来たこれらの病気に対し、彼らの研究は極めて前に進んでいる。欧米のPEPの開発など21世紀の大きな人類への貢献である。欧米食が主食に成りつつあるアジア諸国、日本でも同様の病気の兆候は次第に大きくなっている。欧米の進んだこの研究分野への関心を深めて行きたい。
14. 参考文献
New Food Industry 2017
Vol.59 No. 8-12
2018 Vol.60 No. 2-12
2019 Vol.61 No. 3-12
2020 Vol.62 No. 1- 4
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