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2025年9月アーカイブ

2025年9月 8日 17:48 (瀬口 正晴)

「小麦粉と私 I」

1、森永入社~三島、ホットケーキ,クロリネーション


私が東北大学を卒業して森永製菓(株)の研究所に入ったのは、1970 年4月であった。森永に入りすぐ静岡、三島の食品研究室勤務となった。東北大学卒業論文では「大腸菌の生産する多糖類の構造研究」を渡邊 敏幸先生の指導で行った。なぜ森永を希望したのかと問われた時、多糖類の関連の仕事をしたかったからと述べた記憶がある。この卒論のテーマからであろう。無気力で無分別な雰囲気の三島の研究室であった。当研究室は鶴見研究所に統合され現在はない。

上昇志向の強かった小生が大学を卒業して、企業研究所でも学位などとれる様な仕事を行い、自分を何とか高めたいと思っていた。あの三島の研究所ではあまりにも合点がいかなかった。ぬるま湯的で、あれで十分企業が成り立っているのかとの思いが強く、一刻も早くチャンスがあれば他研究室に移動したいと言う気持ちが強かったようだ。上司は松木寿助氏だった。当時の森永は大名企業の感があった。新食品材料を売り込みにと業者が持ってきたサンプルなどもその辺の空いているところに置いておけと言う扱いだったようだ。



   始め松木氏から言われたのは、ホットケーキ用小麦粉中の水溶性単糖、オリゴ糖の定量であった。これはペーパークロマトグラフィーを用いて,切り出し溶出後、各糖の定量を行って簡単にその比率を求めることができた。次はノコギリコクヌスットと言う穀物につく昆虫のその卵の加熱処理による孵化停止の温度と加熱時間を求める様な研究だった。これもガラス細管中に卵を入れて加熱処理後孵化率を見るといった実験だった。あとは他社(明治製菓)ホットケーキ製品の添付メープルシロップ膨張の原因確認の様な仕事だった。これは耐浸透圧性酵母の存在だった。他は明確な指示はなかったように思う。松木氏の会社報告書の綴りを読み,その中にクロリネーション小麦粉の研究成果があったが,あまり科学的な実験は行われてなかった。あとは松木氏の後任の仕事をまかされるのかと不安であった。


   日本でホットケーキが生まれたのは欧米では子供のおやつに各家庭にあるオーブンで焼かれたケーキ類などがあり、それを真似たものである。ただし、日本の各家庭の当時の台所は貧困で,欧米の様なオーブンは無く,あると言えばフライパン程度であった。そのフライパンでケーキを焼こうと言うアイデアであった。小麦粉は都合よく,水を加えて,匙で撹拌してドロドロにしたものを熱いフライパンに流しこめば中に入った膨剤が炭酸ガスを発して,小麦粉バッターを膨化してくれる。小麦粉独特の特殊性である。こうしたケーキを熱いうちにおやつにして食べようと言うものである。

熱いうちにふわふわのケーキを食べようと言うのがホットケーキである。そこに多少でも砂糖でも入れれば甘くなり、バターでも入れれば香りもよくなり、何も無かった台所にケーキを焼く空間が生まれてくる。こうして日本の貧困の家庭台所に、一大旋風を巻き起こしたのがホットケーキであり、やはりその頃生まれたインスタントラーメンと競合した。あちらには水を入れ、メンと同時にスープがお腹を膨らませた。小生が入社する前にクロリネーションのホットケーキ用小麦粉の技術の話はすでに終了していたのであろう。

   何やらテーマもはっきりせぬまま,森永三島食品研究室の生活が始まった。学卒でまだどの程度の研究的能力があるのかもわからぬまま配属されて来て、会社の方もどの程度の実力のある人間なのかもわからぬまま、どのようにあつかったらよいものか、少々試して様子を見ようと言うことで基本的な仕事をさせたのであろうかと感じられた。大卒の扱いもその程度のものであったろうか。当方はそんなことは不明ですぐにきちんとしたテーマを与えられるもの、あるいはそのような研究グループに入って研究的仕事のできるようなものとの食い違いがある様な感じがしていた。併しともかくスタートしたのだが何やら松木氏の研究報告書など見ると、彼は小麦クロリネーションの研究に取り組み、その途中であったものを当方に続けてやれとのことのようだ。小麦粉クロリネーションについては全くその当時小生には知識はなかった。

当時の森永のホットケーキは、と言うと工場は安城工場のホットケーキミックス部門で作っていること、小麦粉は日東製粉の○Kアルプスと言う薄力小麦粉を使っていること、大豆粉など副原料を多くミックスしていることなど、さらにクロリネーションに衛生上の問題のあったことから現在はそれもやってないこと、そのために副原料を入れて何とかクロリネーションに近いものを得ているなどが感じられた。商品は業界トップクラスであった様に思う。今更何を研究するのか。

クロリネーションは米国で1923年ごろ発明された方法で、本来小麦粉の漂白(小麦粉の色を白くする)することが目的だったが、それをやるうちにケーキに思いがけずメリットがあり、これをやらねば納得のゆくケーキが得られないと言うまで重要になり、米国では現在なお継続していることなど知られる。松木氏のところではクロリネーションのやり方の文献なども取り寄せ得られておりクロリネーションのホットケーキミックスへの添加レベル、加水量等の添加量の研究レポート等がファイルの中にみられた。

どうやらクロリネーションの代替の何らかの方法を探しているようである。この研究を小生にそれだけの力があればやらせようと言う基本的な考えがあるようだ。しかし極めて疑惑的なやり方であり、力がなければ基礎研究ではなく、現行製品の改良研究の様なものをやらせたい様な扱いであった。小生は本格的に研究を進め学位を目標にするような企業研究をと思っていたので大きな差を感じた。


松木氏の顔色を伺いながらの悶々とした富士山を見ながらの三島での生活であった。三島ではそのうち社宅からでて市内(大宮町)米山宅での下宿生活を始めた。米山のおばあさんには世話になった。

   小麦粉の研究を何かやるようにとのことだったが、文献を調べる内に小麦粉中の特にケーキ組織に与える脂質の影響の論文が少ないことに気がついた。当時の学会では興味が無かったのだろうか。

小麦粉中の脂質をエーテルで脱脂してそのホットケーキへの影響がどのようになるのかを調べて見ようと思った。ホットケーキを1枚焼くのに100g小麦粉が必要である。そうなるとかなりの小麦粉の量をエチルエーテルで脱脂する必要がある。しかもエチルエーテルとなると危険だから大部屋の実験室内では其の儘はできないので別の誰も人のこないようなところで脱脂する必要があった。建物の3階の小さな別室で、大型のソックスレー装置を設置して小麦粉の脱脂実験を行った。この大型のソックスレー装置は新たに購入したような記憶がある。大量のエチルエーテルも同様に購入した。抽出した脂質はエーテルをエバポレートして抽出脂質として回収した。脱脂した小麦粉は広く伸ばして匂いのなくなるまで室温で乾燥した。この小麦粉を脱脂小麦粉として小麦粉量をはかり、計算してホットケーキベーキングに供した。

副原料など入れずに小麦粉、砂糖、膨剤(重曹)、酸性原料(酸性ピロリン酸カルシウム)、水のみで焼き、コントロール(未脱脂小麦粉)と比較した。やはり脂質の影響は大きく、ホットケーキの膨らみは大きく(80%)低下した。ここに回収した脂質をクロロホルムに溶かして0.3-0.4%程混合しベーキングすると、ホットケーキの膨らみの回復することが見られ、興味があった。しかしこのような実験が会社研究にどんな影響があったのかについては常に疑問であった。しかしこのようなケーキ類に、全く卵、牛乳等を使わない薄力小麦粉の研究は当時のCereal Chemなどでも皆無であったと思う。


さらに抽出した脂質を小さなケイ酸カラムをたてて、そこにクロロホルムにとかしてチャージしその後、クロロホルムで溶出した区分とメタノールで溶出した区分に分け、夫々をクロロホルム区分、メタノール区分としてシロップにして回収した。クロロホルム-メタノール-水=65:25:4の薄層クロマトグラフィー展開後ヨード発色し、極性区分と非極性区分とに分かれていることが確認された。各々を脱脂小麦粉に添加してホットケーキベーキングすると,極性区分(Polar Lipid)のみがホットケーキのふくらみの回復に効果があり,非極性区分は全く回復が認められず、しかも極性脂質回復には脱脂小麦粉100gに対し200mgの極性脂質で回復した。Cereal Chemistryに投稿して論文化している。脂質はエチルエーテル以外水飽和ブタノールでも行ったが,一度脱脂した小麦粉は、脂質を添加してもエチルエーテル脱脂小麦粉時の様な膨らみの回復には至らなかった。この研究は上司にも相談せず黙々と進め、上司はそれを黙認してくれていた。相談の仕様がなかった。相談しても企業の仕事との接点がわからなかったからか。基礎研究と言う事で、あるいは自ら方向もわからずにすすめた。

さて、クロリネーションの研究。ホットケーキのねとつきの研究はどうしたらよいものか、松木さんからW. F. Sollarの小麦粉分画の研究、再合成ベーキングによる研究、クロリネーションとの関わりの研究のCereal Chemの論文が数報あることを知らされた。この方向に当方の研究も進めねばなるまい。このころ高等学校卒(沼津工業高校)の男子、近藤君が小生のもとにくることになった。松木氏のご尽力だったか。こちらは黙々と実験を進めるのみであった。そのころ小麦粉分画用の大型の遠心分離機が研究所に入って来た。これも松木氏の力によるものであろう。近藤君とともに小麦粉を酢酸分画して水溶性区分,グルテン区分、プライムスターチ区分,テーリングス区分の四区分に分けるやり方で、これはW.F.Sollarの論文に基づいて作業して、多量の小麦粉を大型の遠心分離機を使って近藤君と連日進め、3区分、即ち水溶性区分以外は粉体にして、水溶性区分は減圧濃縮し、確か仙台の佐々木ガラス店から購入して研究室の中にセットして研究を薦めた。減圧濃縮装置であった。

広い研究室,大部屋の中、メンバーの目にはどう映ったか。松木氏、増田所長の新しい研究の方向性だったと思う。そんなことは知らないのは小生のみだったか。そこまで理解はできなかった。

アルプス小麦粉の分画の比率がわかると、それらを組み立てて再合成ホットケーキベーキング試験に進む。なかなかオリジナルの小麦粉にはホットケーキベーキング結果、膨らみ、ネトツキは得られなかった。合成粉でベーキングしてもオリジナル小麦粉によるホットケーキの様な膨らみが得られなかった。いろいろ考えるうちにいくつかの点が上がって来た。

ミキサーの中に分画区分のプライムスターチ区分(PS区分)、テーリングス区分(T区分)、グルテン区分(G区分)の粉体を一定量入れ,砂糖、膨剤(重曹)、酸性原料(酸性ピロリン酸カルシウム)を入れて、そこに濃縮したWS区分を加え,さらに不足している水を加え、一定スピードの撹拌を行い、できたバッターをパンケーキ皿に取り、オーブン(200℃)中で直ちに焼くと言うやり方であった。撹拌方法、ベーキング方法、仕込み方法は全てコントロールと同様であった。ふくらみはコントロールに比べて80%ほどに低下し元のホットケーキには回復しない。やはり分画したものは粉体にしたものを単にスパーテルで混ぜるだけではホットケーキは復元しないことは明らかであった。

幾つか工夫の必要があった。まず混合粉によるバッターは酢酸臭が多少あること、分画の酢酸が多少残存しているのか。バッター中には、コントロールの様な粘り気が低いことなどであった。

(1)バッターのpHを測定すること、酢酸を使って分画したためか。酢酸が残存し,その匂いがあったことからpHをNaOHで中和したところ、回復の傾向を示したこと,(2)バッターを顕微鏡で見て、コントロールバッターと比較するとグルテン粒子のかけらが多く見られ、コントロールの場合のバッターとは大きく異なった。グルテン区分はコントロール時の様な単純の撹拌では駄目で、顕微鏡下でグルテンのかけらが消失して行くほどミキサー中で激しく撹拌すると次第にバッターに粘りが出た。(3)加水量を多少コントロールより多量にした。加水量は色々変化させもっともよい加水量を見出した。これら3点を守ってホットケーキベーキングを行うとオリジナル小麦粉のものに近いものができた。

この方法を用いてクロリネーション小麦粉とコントロール小麦粉の分画区分の入れ替え実験を進めた。始めに未処理、処理(小麦粉pH3.5のクロリネーションレベル )の小麦粉を分画して、未処理小麦粉分画区分の合成粉の1つの区分のみクロリネーション小麦粉から得られた区分におき替えて実験をすすめて、変化が見られた。さらにクロリネーションレベルを変えた小麦粉からの分画区分を取り出し、未処理合成粉の中にそれをはめていった。

その結果、PS区分のみ、未処理小麦粉区分による合成粉にクロリネーションのPS区分を入れ替えるとホットケーキは処理小麦粉のホットケーキの状態に復元した。即ちベーキング後ホットケーキ加圧後の膨らみの回復が見られた。ホットケーキの弾力性がPS区分のクロリネーションによるためであることが推察された。多くのクロリネーションレベルの異なる小麦粉を酢酸分画し,各区分を集め特にPS区分は未処理小麦粉からの他区分と組み合わせて合成粉によるホットケーキベーキングを繰り返し,その弾力性の変化に着いて検討した。しかしその数値化がどうしても得られず、官能試験になった。その後工夫して数値化するようになったが当時はまだそこまで至らなかった。食品研究の場合、食感の数値化を、機器類を用いて行うことが難点であり,それらしい装置はあるが、具体的な製品の数値化となるとなかなか合致せず困難で、それなりの数値を工夫せねばならぬところが難しいところである。0.2、0.4 、----2.0と細かくクロリネーションした小麦粉からPS区分を集め,他区分は未処理小麦粉からのもので合成粉を作りベーキングを繰り返した。何れもクロリネーションの効果が認められた。クロリネーションレベルを揚げるに連れてホットケーキ組織の弾力性は次第に生じ、ねとつき感は消失した。グルテン区分はホットケーキの膨らみに関与の傾向が見られ、あるクロリネーションレベルに成ると容積は上昇し、それ以上に成ると容積は低下した。T、WS区分については何れの傾向も見られなかった。

PS区分がクロリネーションによる改良の大きな原因であることはW. F. Sollarの論文中にもあったが、そこではネトツキ、弾力性の改良ではなく膨らみの改良とのことであったか?クロリネーションで膨らみによくなると言うことだったか。当方とは、少々異なる点である。PS区分とは小麦デンプン大粒区分を集めたもので直径約20μmのデンプン粒を集めた部分であり、形は横から扁平な凸レンズ状に見え、上からは円形に見える。麦類には生合成のルートの異なるこの大粒(A粒)区分とは別の小粒(B粒)があり,サイズは大粒の1/10である。約2μmである。こちらの粒形は球状である。小粒はT区分の一部となる。

クロリネーションの効果はこの大粒の変化である。しかし未クロリネーション小麦粉から得られるPS区分の大粒とクロリネーション小麦粉から得られるPS区分の大粒とは全く相違ない。何が原因でこの様な効果が見られるものかその形状をみただけでは全く不明である。

デンプン粒はアミロース、アミロペクチンの高分子が極めて整然と並び結晶構造を作り、強固な貯蔵物質である。これが水を加えられ、加熱されると、水をすって構造はゆるみ、強い弾性を示し、一部は粒子から離れるいわゆるゼラチン化、糊化を複雑に生じ全く石塊状のものから糊状に変化する物質である。

この物質がクロリネーションによりホットケーキになるときにケーキ組織に弾力性を与えるように変化するのはなぜか?

何が具体的な原因でそうなるかは全く不明であった。ホットケーキの場合、水を加えてオーブン中で200℃付近まで加熱し、糊化すると言ってもご飯のように完全な糊化は起こってはいないはずだ。

顕微鏡でホットケーキの組織を見てもかなりデンプン粒形はその形を保持していることから、クロリネ−ションの影響はデンプン粒の表面の多少の科学的変化によるものであり,アミロース、アミロペクチンのグルコースユニット高分子への大きな変化は考え難かったが,それも単なる推測にすぎない。データーは全くない、途方くれた。




デンプン粒の表面といってもアミロース、アミロペクチンの構造で粒形を作っているだけで、坊主の頭のようにその表面には何もなく、グルコースユニットの集合体というのがデンプン粒の表面と言う認識と当時は考えられた。デンプン粒が構造と言えば粒子の構造の成り立ちが中心でありそれ以外はないと言うのがこの世界の趨勢であり,このクロリネーションの科学の特にホットケーキ改良のクリテカルなPS区分の変化については全くよりどころがなく手が出ない。何も取りかかるよりどころがないのが現状であった。誰に助けを求めたらいいのか、大学出の数年目の若輩にはそのよりどころもなく、悶々とする毎日であった。

クロリネーション小麦粉から取り出したPS区分、未処理小麦粉からのPS区分の差異を、デンプンテキストブックの分析方法をよりどころに、片っ端から調べたーーーーーー、その相違点を探して行く実験研究を行い、しかし全く変化が認められない、このPS区分の変化がホットケーキ改良効果とは全く関係はないのではないかと自信がなくなってくる。どうしたら良いものか。


どうしたらいいかは誰も教えてくれない。当時静岡大学の助手で静岡に赴任していた東北大農産利用研究室先輩の加藤宏治先生が、三島に立ち寄られた時に,ともに食事の時このはなしをして何かアドバイスをと願ったが,クロリネーションのレベルを細かくとって比較するのがよいと言われた。有り難かった。又東北大、恩師松田和雄先生を仙台に訪ねた時、それならこれが参考になろうと書架から取り出された1冊の小冊子、米国のPurdue 大学Whistlerの書いたクロリネーションデンプンの論文の小冊子だった。

Whistlerは有名な糖質学者でPurdue大の先生だった。松田先生とは連絡があったのだろうか。Whistlerはクロリネーションによるクロール,アミロペクチンの高分子構造中のクロールによる分解等がこと細かく研究され,やはりアミロースがクロールで分解し,その切れっ端がアルデヒド化したりしている様子が記されていた。やはりこの方向で再び調べてみる必要があるかとも思われたが、これ迄のところではこの様な現象は当方の研究では見当たらなかった。

あっても分析方法が違っていたのであろうか。さらに研究室にもどり考えてみる。当時は自分の研究者として能力、実力が不足していて、周囲に誰も相談するヒトもおらず、混乱し、誰かにヘルプを求めていた。何とかしたいと。クリテイカルなポイントに自分が存在して、精神的にもバテテいたかもしれない。25才頃か。





クロリネーション小麦粉からのPS区分と未処理小麦粉からのPS区分を比較するうちに興味あることが見られた。粒子表面の観察を顕微鏡下ですすめている時、水中に懸濁したPSデンプン粒を見ていると粒子と粒子が接近すると何らかの力が働いていることに気がついた。クロリネーションしたPS区分にである。そこでホールスライドグラスという微生物のガス発生をみる小さなガラス器具があるが、これはスライドグラスの中央部の凹んだものである。微生物がガスを発生すればそのくぼんだ中央部に入れられる液体中にガス泡が見られるという訳である。

このガラスを使って実験を進めた。一視野に数十個あまりのデンプン粒が分散するように懸濁してカバーグラスに1滴付着し,これを反転してスライドグラスのくぼんだ所にガラスとその1滴が付着しない様にセットする。デンプン粒は自重でその一滴の中心部に向かって落下してゆくそれを上から顕微鏡で見るわけである。こうしてデンプン粒を観察するとクロリネーション処理したらPSの場合デンプン粒子は接近すると磁力で引き合う様に吸着した。ある種の力で引き合う力が働く。しかもその粒子表面には接合するポイントがあるのか、都合が良くなるとスッと引き合う。そうでない場合は粒が回転してその位置に至ってはじめて結合すると言う具合で、最終的にはそのまま液滴の中心部に落ちてゆき底部に集中する。その数秒間の粒の動きが見られ、これはクロリネーション未処理デンプン粒では観察されなかった。クロリネーションのレベルが上がるほどその凝集の傾向は大きくなった。どんな力で粒同士が凝集したのかは不明であった。

そのクロリネーションPS区分の凝集は、そこにショ糖脂肪酸エステル(SFAE)を添加すると消えた。ショ糖脂肪酸エステルは脂肪酸とショ糖をエステル結合したもので、界面活性剤として使われている。本来デンプン粒表面にはブドウ糖のポリマーが存在していれば当然ブドウ糖のもつOH基がたくさん存在し、これはHOH(水)と極めて仲の良い性質で親水基と呼ばれるもの、従ってデンプン粒は親水性であり,ショ糖脂肪酸エステルはショ糖のもつーOH基と脂肪酸のーOHをはじく(疎水性)分子が一体にある物質で、親水性と疎水性の両方を一体にもつ物質で油と水を乳化する力が大きい。


これを顕微鏡下のクロリネーションデンプン粒の凝集しているところに添加するとデンプン粒の凝集性が一挙に破壊されて元の未処理デンプン粒の挙動にもどる。これは凝集適性がクロリネーションデンプン粒表面に疎水基が生じたためで、その疎水基同士が集合して凝集した。そこにショ糖脂肪酸エステルを添加して疎水域に脂肪酸部分が結合し、デンプン粒表面には,ショ糖の親水部が現れ再び未処理デンプン粒表面と同様になったものと思われた。従ってクロリネーション処理でデンプン粒(PS)表面は疎水化に変化したものと思われた。それがどのようなメカニズムかは不明であった。

再合成粉のうちPS区分のみクロリネーション小麦粉からのものは、ホットケーキの弾力性に回復が認められたが、そのホットケーキの合成粉バッターにショ糖脂肪酸エステル添加するとこれまで認められた弾力性の回復は消失し、再び強いネトツキ感(非弾力性)を示した。このことはクロリネーションによる弾力性の発生は小麦粉中のデンプン大粒区分の表面が疎水的になることが原因であることが推察されたのである。



この他、クロリネーションレベルをあげながら小麦粉のB.アミログラフ試験を行った。その際、本来小麦粉 50gに対し水450 mLで行うアミログラフ試験を150   gに対し水 150 mLと言うようにして高濃度の小麦粉/水比率にして、粉の性質を大きく数値に反映し 、加温せずにそのまま装置を運転した。

クロリネーション処理レベルをあげるに伴って小麦粉/水の粘度,BU値はアミログラフを運転するにともなって、即ち撹拌するに伴って上昇することがわかった。これもクロリネーションによる小麦粉中ほぼ4割(?)を占めるPS区分の変化、あるいはその他の理由による物性の変化による原因と思われた。


   当時小麦粉研究で有名な大阪女子大学の松本 博先生を訪問する機会があり,其の後の当方のデーターを逐一先生に送り相談に乗ってもらっていた。

学会発表の経験もなく、これらのデーター、あるいはそれまでのデーター等は単なる企業の報告書にしたのみであり、このままこれらのデーターは埋もれてしまい、陽の目を見ない、学会でも陽の目を見ることなく消失してしまう感じがし,松本博先生もこれを大きく心配してくれた。会社からは学会発表は認めないと言う。これまでも若いヒトに学会での発表機会を与え、其の儘企業から離れて行くものがいたので、小生の発表なども認められないということであった。日本の学会ではなく、海外なら、海外の論文なら当方のデーターが国内では調査しないだろうから外国誌への発表ならいいだろうとのことであった。

松本 博先生からも海外の論文への発表を勧められた。しかし当時の当方は、論文の書き方も見当が着かずで。しかし英文となると全くどうしたものか全く、よりどころがなかった。一級の英文誌CEREAL CHEMISTRYを読みながらこれを真似してはということか。少しやってはなかなか前進せず、やはりきちんとした訓練を、研究、論文化等の訓練を受けたいと思うようになった。きちんとした研究者のそのやり方を見たい、論文の作り方を見たい。自分には空想だけの世界ではこれは実現しないと思うようになった。



そのころアメリカのSoft Wheat Flour の研究所の世界的に有名な日系2世のケーキ用薄力小麦粉の研究者、W.T.YAMAZAKI 博士が奥さんと日本に来日中で、東京の新宿のあるホテルに泊まっていると松本博先生から連絡があり,彼に今までの小生の実験データーのコピーを持ってホテルに訪問しろと連絡があった。

喜んで新宿の当ホテルに英文データーを持って先生を訪ねた。新宿の大きなホテルに宿泊しておられた。快くYAMAZAKI先生は迎い入れてくれた。松本先生から既に連絡してくれていた。英語しかできないYAMAZAI先生、日本語しかできない小生は、自分の英文図面を持って図面に基づいて英語での説明あったが、図面をたどたどしい英語で少しずつ説明していった。YAMAZAKIにしたら同じ分野のもので一目瞭然で直ちに内容は理解してくれた。

小生のデーターを見て、「これはいままで見たこともない結果だ、早々に論文化しなさい」と大きな激励をいただいたことを思い出している。

自宅にもどり直ちに松本博先生にその時の様子を報告した。松本先生は其の後小生とYAMAZAKIの会合のことを面白く文章に残してくれた,以下松本先生の文面である。一生、先生に感謝する次第で小生の後輩にもこうありたいと思うようになった。こうして松本先生から強いPUSHを受けながら自ら何とかCEREAL CHEMISTRYに論文を作成せねばならないと思って来た。


"「松坂の一夜」

私(松本博先生)はおかしな回顧趣味を持っていて、この間から小学国語読本の再印刷されたのを買って来て、悦に入って読んでいる。その巻11に「松坂の一夜」と言う一文。これをことさら印象深く読んだ。皆さんも45才以上の方なら覚えておられる方もあるかもしれない。

これは古事記をライフワークとしてこれから勉強しようとする本居宣長と、古事記研究の老大家加茂真淵(加茂真淵)の松坂での出会いを記録したもので、ラストシーンは次のように結ばれている。

「夏の世は更けやすい。家々の戸はもう閉ざされている。老学者の言葉に深く感激した宣長は未来の希望に胸を踊らせながら、ひっそりとした町並みを我が家へ向かった」

何事によらず、これからことを始めようとするものには、ちょっと大げさだが本居宣長の感じた様な戸惑いを感じ、何かのアドバイスを求める気持ちが強いのではないだろうか。

このようなときに与えられる激励は身にしみてありがたく感じ、一生忘れ得ぬものになるであると思われる。私にとって25年前の阿久津先生、藤山先生との出会いは実に有り難いものであったとお今もしみじみ思う。宣長の様な偉いヒトに自分を例えるのもおこがましいが、凡人であればあるほど、先人のアドバイスは尊いものとなる。


昨年(1975年、昭和50年)の秋、アメリカ農務省の研究者で、日系人の2世ウイリアムヤマザキ博士が来日した。このヒトは軟質小麦粉、特にケーキやクッキーの理論的な研究においては、世界では右に出るヒトがないと言われるほど多くの業績をあげているヒトであるが、私はこの人に日本のあるヒトを紹介した。この人はホットケーキの研究に人生をかけると思われるほどの仕事をやっているヒトであるが、私は密かに真淵と宣長の出会いをこの2人の出会いに想像した。日本語がうまくしゃべれないヤマザキ博士、英語がうまくしゃべれないAさん、この会見がどのように進んだかはわからないが、Aさんの用意した英文の図表によって共通の話題は十分にこなされたに違いない。この会見のあとAさんからかかった電話の声が弾んでいたところを見ると、私の企みは成功したと思う。これで又ホットケーキをライフワークとするヒトができた。

企業もこれからはパンをライフワークとするヒトを増やす為の援助をしてほしい。若いヒトも何かに自分を打ち込むことをやってみては?人生は実に楽しくなる、私の年齢も、私が若いときに出会った阿久津先生や藤山先生のそれになった。このお二人ほどの強い影響力は持ちあわせておらないのは残念であるが、私も若い人々と共にライフワークのパンの研究を続けてゆきたいと思う。"



そのころ森永から米国ロッシェ研究所に長く留学していた堀西ヒロオ氏のために生化学研究室が設置される事になり、研究者を集めている事を耳にして研究内容共々堀西氏のもとで米国の研究のやり方、研究ノートの付け方、デスカッション、論文の書き方等をみるチャンスであろうと思われそちらへの移動を希望した。

  昭和39年(1965)には鶴見の生化学研究所に移動した。アメリカの研究所での研究ノートのつけ方、研究体制、研究のやり方を其のまま日本に持ち込んだきらいがありそこにとびこみ、多少のギャップを感じたが大いに刺激を受けた。研究ノートの付け方、研究内容の定量的な捉え方を是まで知らなかった世界であり,移動は正解であった。

まだコンピューター等の電子化は成されてなかったが、秘書を使って研究結果は逐次英文化し、投稿された。彼の論文作成それを横で見て、英文論文の原稿がタイプでできあがって来るとそれを繰り返し読み直し、記憶する程読み直し、なるほど英文論文はこのようにして作られるのか。データーはこのようにして扱い、論文化するのかとそこで学んだ。堀西氏が途中数ヶ月アメリカに行き、研究室がその間途絶えた次期があった。丁度いい機会と思い、是までの小麦粉研究の論文をデーターにもとずいて作成してゆき、CEREAL  CHEMISTRYに3報投稿した。厳しい審査があり、数回レフェリーとのやり取りもありACCEPTとなり、こちらの研究室に来て良かったと思った。論文は三島での上司、松木氏との連名であった。生化学研究室にきていたバングラデッシュ出身のラシド博士は英語も巧みで、彼に論文の英文を見てもらい、これも大きな助けであった。其の後堀西氏帰国後、小生の三島での仕事の論文化を報告し、喜んでもらえるものと思ったが、あまり好意的では無かった。そのころ大阪女子大学の松本博先生から、企業研究では限界があるから大学の研究機関への移動が勧められた。さらにアメリカへの留学も勧められた。


    1981 年には森永を退社して、京都の聖母女学院短期大学に移動した。将来は四大に昇格と言うカトリックの短大であった。東北、東京の関東圏の生活から関西県への家族引き連れての移動であったが、松本 博先生、親父等は強引にどしどし押し進めるアドバイスであったが、今思うとやはり戦前のヒト、男は強い、判断力、行動力であると思われた。生化学研究ではAMINOACYL BTRANSFERAZEの仕事をすすめたが、堀西氏の不在中にウシ精子中のAMINOACYL TRANSUFERASEを発見して、是もほぼ発表直前まで論文化していたが、堀西氏帰国後この話しは消えてしまい、小生退職後、グループの同僚が単独論文にして発表していた。企業の仕事だから仕方ないだろう。


京都にうつり、小麦研究はすすめられた。学位取得を目標にして是までの研究を続けた。聖母女学院短期大学の学生指導、講義、教員生活、是もまた、企業内のこれまでの研究とは大きく異なり、大きな齟齬を感じる生活となった。しかし短期大学では先輩の先生方を見様見真似で吸収し、多くの講義等こなしてゆき、宗教(カトリック教育)教育なども新しい世界でどん欲に吸収できた。

今まで知らなかった教育界の仕事、若い女性への教育の仕事に関わり、其の後神戸女子大での研究、教育の為の大きなステップとなった。これ迄の第一歩から周囲より受けてきた影響に対し、御礼の言葉もなく足蹴で乗り越えて来たのは不遜であったのではないか胸苦しい。いい機会ではあったが,そんな気がした。


さて小麦粉、クロリネーションの仕事は其の後どうなったか。


小麦粉のクロリネーションに代替する論文は英国の研究に見られ、小麦粉をドライヤーの容器中に入れ,回転しながら外部からガスバーナーで加熱すると言うやり方の論文であった。この方法でクロリネーションに変わる食感が得られる、容積変化が得られるというのだろうか、どのぐらいの乾熱処理なのかその乾熱処理の範囲が大きすぎて見当もつかない。ホットケーキ用小麦粉を乾熱処理するなどとは、全く闇夜に鉄砲の如く見当が着かない。何やら論文中にはベーキング結果以外にジメチルスルフィド(DMSO)を用いてその相関性を見ているデーターもあるが、あまり役に立たない。しかし乾熱処理はクロリネーションと違って安全衛生面の点から興味深いものであった。

当方のホットケーキの弾力性とクロリネーションの関連はPS区分のデンプン粒表面の疎水化との関連性が認められた。デンプン粒表面の疎水性(親油性)が生じるとホットケーキの弾力性が獲得されるわけであった。そうならば乾熱処理でホットケーキ組織弾力性が得られるならば、乾熱処理してもデンプン粒表面が疎水化しなければならないはずだろう。小麦デンプン大粒、PS区分がクロリネーションでは無く乾熱処理でPS区分表面が疎水化するはずである。そうならばホットケーキに弾力性が生じてもおかしくないはずである。逆に言うと、PS区分の表面が疎水化しなければホットケーキの改良効果が得られる事はあり得ないと言う事になる。従って小麦粉処理、この場合乾熱処理として水を入れないで糊化しない加熱処理方法であるが、この方法でも小麦デンプン粒表面に疎水化が起こり、ホットケーキベーキングの改良効果が生じるはずである。この仮説に基づいて実験を進めた。小麦デンプン区分(PS区分)をどのように乾熱処理したら良いか不明である。そこでシャーレに少量の室温で乾燥したPS区分をとり、これを一定温度の乾燥機中に一定時間放置後、室温に戻しこれを試験管に入れ、水を加え、オイルをさらに加えて激しく撹拌してデンプン粒の親油性を測定した。温度は室温、80, 90, 100, 110, 120, 130, -----で150℃付近まで、放置時間は30, 60, 120, 180分ほどとした。勿論未処理の時は水中でオイルを加えて激しく撹拌後も放置すれば試験管中でオイルは水の上に浮く、デンプン粒は水中に沈む。三者ははっきり分離する。デンプン粒は疎油性、親水性である。ところが乾熱処理にて 80 ℃,120 分頃からデンプン粒は親油性を示し、オイルに結合して,オイルが多くなるとオイルの浮力でデンプン粒は全て水の上に浮き,オイルが少ない時にはオイルはデンプン粒に結合して全て水中に沈んだ。乾熱処理により,デンプン粒は疎水性に変化したのである。これには驚いた。

デンプン粒表面には油が結合したのである。しかし色々試験するうちに必ずしもオイルに結合しない時があり、実験の再現性が不確実になる、エラーだったかと思われた。

しかし乾熱処理にとりかかるデンプン粒の水分含量が大きな鍵であり、水分含量を測定し、殆ど水分の無い様なデンプン粒は乾熱処理しても親油性は生じない事がわかり、少々湿らせてから乾熱処理したところ強い親油性が発生した。何れの場合も勿論デンプン粒は全く糊化しておらず顕微鏡的には粒の形状の変化は生じない。


クロリネーションPS区分の示す疎水化(親油化)は、デンプン粒表面のタンパク質をタンパク質分解酵素(ペプシン、トリプシン,キモトリプシン等)で処理するとその親油性が消えた。さらにプロテアーゼ処理したデンプン粒はクロリネーションしても親油性は認められない事からデンプン粒表面のタンパク質がクロリネーションで親油化を示したものと思われた。デンプン粒表面のタンパク質を集めて,未処理、処理のタンパク質パターンを検査する様な研究システムは当時の研究室には無く,またそうしてもレベルの低いクロリネーションではっきりクロール化にタンパク質がその正体を表すかどうか極めて技術的には困難と思われた。

クロリネーションした小麦からPS区分を集めそのクロリネーションのレベルを上げたものも同時にPS区分を集めPS中へのオイルの結合性を調べると,クロリネーションによって次第に親油性の増加する事を認めた。

さらにデンプン粒表面の塩素原子の吸着を元素分析法によって確認した。さらに水に非常に溶けやすい牛血清アルブミン(BSA)のFRACTION Vのパウダーに塩素ガス処理を行い,アルカリにとかしてUV紫外線吸収スペクトルを見ると、OD280付近の吸収に異常な変化が認められ,塩素のチロシン残基への吸収が推察された。

BSAは非常に水に溶けやすいため,シャーレに水に溶かしたBSA溶液を入れこれを扇風機で乾かし、再び加水すると直ちに可溶化する。この通風乾燥したところに塩素ガスを吹き込み、しばらく後、加水するとBSAは可溶化する事無く,極めて薄膜として水中に浮かぶようになる。

そこでアミノ酸(20種)のキットを用いて、各アミノ酸パウダーの少量に各々クロリネーション(クロールガスを吹き込む)処理を行ない、アミノ酸のペーパークロマトグラフィー試験を行うと、二重展開後ニンヒドリン発色を行ったところ,リジン、チロシン等のペーパークロマトググラフィーに新しいスポットが発見され,クロリネーションレベルをあげるとリジンなどの新しいスポットの発色が強くなり、オリジナルのスポットは小さくなった。チロシンでは2点新しいスポットが見られた。チロシンでは同様ハロゲンのヨードチロシン2種は市販されており、モノヨードチロシン,ジヨードチロシンであり、これらをクロリネーションするとモノヨードチロシンはジヨードチロシンと同一RF値の新しいスポットが現れた。ジヨードチロシンは新しいスポットは現れなかった。ヨードの結合している同一部位にクロールがはまっているようで、ペーパークロマト的には何れも疎水的アミノ酸に変化している事がわかった。

塩素がタンパク質に入り込んで疎水化を示し、このタンパク質がデンプン粒表面にあり、デンプン粒の親油性を示す事が明らかになった。

ここで問題になるのは本来デンプン粒表面にはタンパク質などは存在しないと言うのが常識であったが、こうして考えるとタンパク質の存在は本当に存在しないのかどうかが疑問に思われてきた。




1987年11月1日アメリカナシュビルで第72回AACC(American Association of Cereal Chemists)大会が行われ、ポスターセッションにはじめて出席参加した。小麦デンプン大粒(PS)区分表面のタンパク質の存在有無の論文であった。小麦デンプン粒表面にタンパク質が存在するものとして何とかこれを証明したいと思い、工夫を重ねていた。例えばタンパク質色素によるデンプン粒の染色である。色々なタンパク質染料は存在していて、これらで片端から染めていった。試験管に少量のPSをとり、ここに水に溶かしたタンパク質染料を加えて激しく撹拌し、その後水で徹底的に洗浄して余分な染料を除去して染液が着色しなくなるまで洗った。其の後デンプン粒は各々に染色し、これをシャーレ上で乾燥して着色したデンプン粒をみてこれなら証明できるだろうと自信を持った。しかし顕微鏡で拡大して見ると,デンプン粒表面の着色は顕著には見えない。感度が低いのだろう。もっと高感度に顕微鏡ではっきりみる方法はないか探した。アメリカの研究者の微量タンパク質定量の実験に、蛍光染料(フルオロスキャミン)を用いてタンパク質があれば蛍光を発生する微量タンパク質定量を行う方法があった。このフルオロスキャミンはタンパク質が存在するとそれと反応して蛍光を発するというものであり微量タンパク質がデンプン粒表面にあれば蛍光を出すであろうと実験した。

しかし蛍光顕微鏡はどこにあるか?これを探さねばならない。大学の同期の宮本君が鎌倉のロッシェの研究所にいて,彼に電話して,やってくれることになり、蛍光化したデンプン粒を作って彼に送った。しばらくしてもどってきたカラー顕微鏡写真の数々には驚いた。

デンプン粒表面が輝いていたのである。デンプン粒表面に存在するタンパク質はフルオロスキャミンと反応して蛍光を発した。これはデンプン粒表面にタンパク質のあることの証明であった。この写真を拡大してAACCでのポスター発表を行ったわけである。当日ぞろぞろ多くの人が集まって来て小生の発表ポスター前に陣取った。ポスターには英文で研究方法が書かれているので、それらを当方から説明する必要も無く、しかし横で質問を受けた。横で小生のデーターを中心にしてDiscussionする若い米国研究者達の姿を見てその内容は聞き取れなかったが、雰囲気は大いに感じた。後日彼らの中心のヒトの名前がわかりWaniska、Hamaker、Jackson等いずれも著名な若手研究者で,テキサス州立大学はアメリカのトウモロコシ等の研究で有名な所の若手の研究者達で 今になつて色々雑穀の調査をするとよく彼らの論文が出てくる名前の人たちであった。その中にいたメキシコの女性研究者には翌年のStarch Round Table大会で会う事ができ、昨年は大学へもどってからも小生の話で大変だったとの事を聞いた。

又,帰国後ある方から手紙をいただき,小生のあの蛍光発するデンプン粒の写真をスライドにして送ってほしいとのことであった。すぐに送ったがKansasu州立大学の著名なSeib博士だった。さらにPurdue大学のBeMiller博士から手紙をもらい翌年のStarch Round Table での講演依頼であった。日本では小生の所属する小さな短大ではそこでの仕事は評価されないが,米国ではどこに所属するかは全く関係無く、持っているデーターで評価されるようであった。これが平等だろう。日本の農芸化学会でこのようなデンプン粒表面のタンパク質の存在にして講演したが、事前の小生のアブストラクトを読んで,小生の講演担当の座長が講演の直前に小生のところにやって来て,このような話はしない方がいいよとアドバイスしてくれた事には驚いた。アメリカのオープンな学会ではこのような事はない。自分で暖めたデーターは日本の学会より欧米の学会の方が正面から取り扱ってくれると実感した。


クロリネーションによるデンプン粒の疎水化は,他のデンプン粒(例えば,コーン、イモ、オオムギ、米など)でも同様の処理したが、いずれもレベルの差はあるが親油性を示した。ほぼ表面タンパク質によるものと思われた。さらにクロリネーション小麦デンプン粒の疎水性がホットケーキの組織弾力性どのような関連があるのかを考えた。

デンプン粒表面が疎水的になり、ケーキ組織中には膨剤から発するCO2のガス泡はPS区分と接触する。

ガス泡は表面が疎水的で水にとけずにガス泡として存在する訳であるから、このガス泡は疎水化したPS粒によって包みこまれて泡の安定化の方向に向い、ホットケーキの組織安定化と関連があるだろうと考えた。泡とクロリネーション小麦デンプン粒とを混合した場合、生じる泡は安定化するかどうか。なるべくシンプルな系で証明したいと考えた。泡は水を激しく撹拌すると生じるが直ちに消えてしまう。

泡には起泡剤,気泡安定剤が必要で、この水だけの泡はすぐ消えてしまうので起泡剤が必要になる。鉱石を集める際、主要なものを集めたあと、くずの鉱石が多く出る。これを回収するのにこの鉱石の表面の疎水化を利用して起泡剤(イソアミルアルコール等)を入れて激しく撹拌し、泡をたて、関与しているものは泡に結合させて沈殿させ、くず鉱石を集める事が行われている。これを用いてみよう。


試験管の中にクロール処理デンプン粒と未処理デンプン粒を各々入れ,水を加え、そこにイソアミルアルコールを入れ、激しく撹拌する試験をした。未クロール処理デンプン粒はすぐに泡も消えた。そして試験管中に沈殿したが、他方クロリネーションレベルを揚げるに連れて気泡を安定化して泡は残ってゆく。短時間のうちにその傾向は認められた。写真撮影して写真からアワの高さを測定してクロリネーションの効果を調べた。クロリネーションによってアワは安定化の方向にあった。このクロリネーションによる疎水性デンプンによる泡安定化の傾向は,其の後乾熱処理で得られた疎水性小麦デンプン粒でも同一の傾向が認められた。疎水化が膨化食品の組織安定化に関与している1つの証明と思われた。


さらにクロリネーション小麦粉はこれを酢酸分画法で分画するときにこのデンプン粒の疎水化の影響かとも思われるが,クロリネーションのレベルを上げてゆくと,しだいにPS区分とT区分が同一遠心分離条件で,分離しにくくなる事が観察された。PS区分がT区分に反応して遠心分離しなくなるのであった。これもホットケーキの組織を強固なものにする原因かと思われた。やはり乾熱処理小麦粉でも同じ傾向で,疎水化が強くなるに共なってPS区分とT区分の分離が困難になってゆく。


ホットケーキの弾力性も測定方法は指で一部を押しつけてその指を外した時の戻り具合で判断すると言う官能試験だったが これを何とか数値化したいものだと感じた。

測定法は、オーブンから出してすぐ熱いうちに先ずホットケーキの容積を測定する。続いて重しで全面30秒加圧後,その重しを外して潰れたホットケーキの容積を測定する。焼いた直後のホットケーキとつぶした後のホットケーキの容積の比率(%)を求め,これをこのホットケーキの弾力値とした。こうして測定するとホットケーキの一部を押してホットケーキの弾力性をはかるのとは別に定量化でき,同条件下のホットケーキの弾力性は極めて高い再現性のある事がわかった。以後この方法で処理小麦粉のデーターとした。この辺までが小生が単独で進めた実験であり,森永,三島~京都,聖母短大の仕事であり,これらを論文にした。東北大学から農学博士が与えられた。

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