Strategies to Develop High-Quality Gluten-Free Products Welcomed by Consumers 日本の粘性食品を使ったグルテンフリーパンについて
はじめに;
小麦粉を用いたパンの製造はグルテンタンパク質の特殊な粘弾性を利用した加工食品であり,そこでは加水量の少ない(小麦粉に対し1:2) 状態で吸水性の低いグルテンに水を加え、強い力を与えて混合し生じる強い粘弾性を用いた製パン方法である。一般にブラベンダーファリノグラフで500BUを目標に加水、撹拌して製パンに適した加水量をもとめる。この方法で得たドウを撹拌し,大気中の空気を気室の核としイーストによるガス膨潤、ベーキングするやり方が一般の製パン方法である。このグルテンタンパク質にはプロリン(17-23%)、グルタミン(35-37%)の多いエピトープがあり、患者はプロリルエンドペプチダーゼ(Peps)欠損のためにプロリンを含むペプチドを分解できないため小麦粉の病気、セリアック病をおこす。セリアック病はグルテンフリー食品(GFD)が唯一の治療法である。セリアック病以外小麦グルテン等のタンパク質に原因する小麦アレルギー、小麦不耐性の患者は何れもGFDが治療法である。ここではグルテンを他の天然の食材に置き換えて、同様の多孔質食品を作るのが目的である。
このためには粘弾性を有する天然食品材料を探すことが必要である。日本人は高温多湿の季節を乗り切るため、古来より種々な食材料の工夫を行って来た。腐敗を防ぐため発酵食品等が多く利用されてきた。その中には納豆食品のように粘度のあるものもあり,長い間には日本人はこのような粘性のある食品に慣れ、日本人の食生活の中には非発酵の粘性食品(例えばキノコ,野菜、海藻類)も多く好まれ食べられて来た。これらの粘性食材をグルテンに置き換えてその粘り性を利用してグルテンフリーパンを製造しようというのが目的である。ここで紹介するのは、ジネンジョ、ナットウ、ナメコ、オクラ、バナナ、モズク、ガゴメコンブの7種類である。
ジネンジョの場合;日本人の好む粘性食品にヤマイモがある。ヤマイモの独特の粘性を好むもので、ヤマイモはなまでも毒性がないためすりつぶしてそのまま食べる。この粘性食品を使って製パン性を行った。ヤマイモは世界中に600種ほどあるが日本にはこのうち4種類(ジネンジョ、ヤマノイモ、ヤマトイモ、ナガイモ)がある。4種のうち最も膨化するものを調べた。製パン方法;小麦粉で作ったパンと同程度の製パン性を得るためには、加水量、ミキシング時間などが非常に重要である。ここでは本論文で述べる一般的な製パン方法を述べる。粘性材料は凍結乾燥後粉体とした。デンプンは小麦デンプン大粒区分を用いた。小麦デンプン大粒はその形状がユニークで表面に多少の凹凸のある平板(10-20 μm)状である、この平板状の形態はドウ撹拌の時、空気の核を作るのに都合が良いと言われる。このため小麦デンプン大粒を使用した。粘性材料 10g、砂糖 8.86
gを9分間混合後、生イースト10g/10mL水を3.6Lボウル(a 3.6
L bowl using a kichen aid mixer )中で9分間、116rpmで撹拌し、さらに小麦デンプン30gと水20 mLを加え同スピードで9分間撹拌した。ドウは全量、パンケース(5.5 x
9.5 x 6.6 cm)中にいれ、40℃で20分間発酵した。その後210 ℃で10分間ベーキングした。ベーキング後、パンはパンクラム、クラストの色(L, a, b値)、巣立ちの状態、パン高mm、比容積cm3/gから評価した。
The color (L, a
and b values) of the breadcrumb was
evaluated using an L, a, and b color specification system
chromaticity diagram and a Hunter Lab Color Meter NE 2000 (Nippon Denshoku Co.,
Ltd., Tokyo, Japan).
Positive values for L,
a, and b indicate white, red, and
yellow, respectively.
製パン結果(表1)は、ジネンジョ粉;パン高68.4mm、3.95cm3/g、ヤマノイモ;38.2mm、2.41cm3/g,ヤマトイモ57.3mm、3.80cm3/g、ナガイモ粉;42.6mm、3.00cm3/gとなった。小麦粉パンはこのとき,69.4mm、3.45cm3/gであった。小麦粉に十分匹敵する製パン性がジネンジョ粉の利用で得られた(図1)。ジネンジョ粉の中の多糖類ガラクタンやマンナン等がグロブリン様タンパク質と結合して強い粘性を示した。ジネンジョ粉を水に対して透析すると透析外液(低分子量区分)と透析内液(高分子量区分)に分けることが出来る。高分子量区分分、低分子量区分で各々パンを焼くとパン高は22.8、
22.2mm、比容積は1.47、1.47cm3/gだったが、この両区分をもとの比率で混合するとパン高64.2mm、 比容積4.30cm3/gとなり製パン性は回復した(表2)。ミキソグラム試験から高分子区分のみではスムースなドウは出来ず、そこに低分子量区分を入れるとスムースなドウが得られた。発酵で発生したガスの保持力がドウで保たれ、その結果パン膨化力は増加したのであろう。さらに低分子区分をペーパークロマトグラフィーで糖質区分(0.37/1.1mg,
43.5%)とペプチド区分(0.48mg/1.1
mg,56.7%) に分け(図2)、糖質区分と高分子量区分、ペプチド区分と高分子量区分の製パン性は、パン高、33.3、56.2mm、比容積2.08、3.47
cm3/g夫々であった。ペプチド区分が製パン性は良かった。高分子量区分はガラクタンやマンナン等がグロブリン様タンパク質に結合したものでこれらの粘性ある多糖類がさらに低分量のペプチドの橋渡しで高分子量化して製パンに貢献したものと思われた。粘度のあるジネンジョを利用したグルテンフリーパンが製造された。
ナットウの場合;同様の粘性を有するナットウを利用したグルテンフリーパンを試験した。日本人は昔からボイルした大豆表面に、納豆菌(Bacillus subtilis )を繁殖しこの菌の持つプロテアーゼ等の消化酵素を利用した食品を作って来た。納豆菌は大豆表面でムチンと呼ばれる強い粘性物質グルタミン酸ポリペプチドとフラクタンの混合物を生産する。水に溶けやすく粘性物質は市販のナットウから水抽出が可能で、凍結乾燥後ナットウパウダーを得ることができる。ナットウパウダー;水分含量12.5、粗タンパク質 21.7、炭水化物13.3、灰分8.7(%)である。ナットウパウダー1 g、小麦デンプン 30g、砂糖8.86g、イースト10g、水15mLの仕込みで製パン試験したところ、パン高44.99mm、比容積3.40cm3/gが得られた(小麦粉パン;パン高69.4比容積は3.45 cm3/g)。
ナメコの場合;
粘りのあるキノコのナメコ(Pholiota microspora (Berk. Sacc.)も日本人は好んで食べる。グルテンフリーパンにナメコの独特のぬめり、ゼラチン質の粘性物質のムチンを利用した。ナメコを粉砕後凍結乾燥して粉とした。ナメコ粉0.33g、小麦デンプン30.67g、砂糖8.86g、生イースト10g、水12.67mlの仕込みで、パン高49.30mm、比容積3.82cm3/gの製パン結果が得られた。ナメコの匂いは殆ど感じられずパン表面が多少破れやすく,巣立ちが荒いという欠点がある。
モズクの場合;
これに対し日本では粘度の高い海藻等も嗜好品として利用されて来た。沖縄など南西諸島産のオキナワモズク(Nemacystus
decipiens)はアルギン酸やフコダイン等の粘質多糖類を含む。凍結乾燥モズク粉0.34g、小麦デンプン30g、砂糖8.86g、生イースト10g、水24.0mlの仕込みで、製パン結果はパン高56.08mm、比容積4.00cm3/gであった。
オクラの場合
オクラ(Abelmoschus esculentus)はペクチン質、ガラクタン、アラバン等の多糖類の関与する粘性を有する野菜である。凍結乾燥したオクラ粉1g、小麦デンプン30g、砂糖8.86g、生イースト10g、水20-21.7mlの仕込みで、製パン結果はパン高40.2mm、比容積2.93cm3/gが得られた。
バナナの場合;
日本では果物のうち最も多く輸入されているのがバナナである。バナナは数日中のうちに表面が黒変し果肉も変化し廃棄されるが、このとき生じる果肉の強い粘性を利用し、グルテンフリーパンを調製した。
未熟バナナを室温貯蔵した。5日後には黄色くなりこれまでのイモ状の果実はだんだんとやわらかくなり、食べごろに近づく。44日間おいておくと、果皮は真っ黒になる。その際の果肉は未熟なイモ状の時と比べるとやわらかくジャム状なるが腐敗はしない。これらの未熟から過熟までのバナナ果肉をそれぞれ、凍結乾燥し粉にして製パン試験を行った。各バナナ粉の一般分析値(表3)である。タンパク質含量の増加がみられたことから酵素の増加が推察された。
バナナ粉30g、砂糖8.86g、生イースト10g、小麦デンプン30gと水50mLを用いた。 製パン試験の結果である。左から、未熟バナナ粉、適熟バナナ粉、過熟バナナ粉を用いた結果である(図3 )。未熟バナナ粉と適熟バナナ粉では良好な製パン性は得られなかった。一方、過熟バナナ粉は、パン高67.1mm、比容積2.72cm3/gと小麦粉パンに近い製パン性を示した。また、パンクラムの明度を示すL値をみると、グリーンバナナ粉では55.0であったものが、ブラックバナナ粉では49.2に減少し、パンの黒色化を示した。こちらは各バナナ粉を用いたパン断面図です。過熟バナナはこのように十分な膨らみを示した。
過熟バナナのどのような成分が製パン性に影響を与えているのか検討した。過熟バナナを水に透析し、内液と外液に分けた。透析内液はデンプンや多糖類
及びタンパク質で構成されており、-15℃で凍結乾燥し、高分子区分(8.22g/30g, 27.4%)とした。一方、透析外液はペプチドや糖の低分子物質で構成され、65℃のロータリーエバポレーターで濃縮し、低分子区分(21.2 g/30 g,
70.7%)とした。
透析により高分子区分、低分子区分に分離したブラックバナナ粉を用いて製パンした結果を示した。その結果、両区分ともに単独では、製パン性はよくなかった。高分子量区分、低分子量区分を混合したものは、パン高69.6mm、比容積2.52cm3/gと、透析する前の製パン性と同程度の結果を示した(図 4)。黒バナナ粉30gあるいは高分子区分を水40mLに懸濁し、オートクレーブを用いて127℃で100分間処理した。オートクレーブ処理したものは、パン高38.6、比容積1.62となり、製パン性の低下が明らかとなった。また、L値は49.2から28.5まで減少し、これは加熱時のメイラード反応の起こったためと考えられた(表4)。これは、グリーンバナナとブラックバナナを偏光顕微鏡で観察したものである。グリーンバナナ粉のデンプン粒子は暗十字が観察された。しかし、ブラックバナナ粉のデンプン粒子は暗十字は観察されず、さらにデンプン粒子も消失していることが観察された(図 5)。熟成したバナナの大部分のデンプン粒子は消え、甘さが増し、また熟しすぎた細胞壁中の多糖類は分解され、その結果柔らかくなることなどが報告されている。
小麦デンプン2gと各バナナ粉2gを25mLの水と混合し、RVA試験をおこなった(図6)。4のプロフィールは小麦デンプンのみ4gのもの、5のプロフィールは小麦デンプンのみ2gのもので、他は小麦デンプン2gと各バナナ粉2gを混合したものである。まず、1のプロフィール(小麦デンプン2g+グリーンバナナ粉)を用いたものですが、この時のRVUは660で、小麦デンプンのみのRVU(630)とほぼ同じ値を示し、アミラーゼ活性の低いことが推察された。2(小麦デンプン2g+イエロ--バナナ粉)と3(小麦デンプン2g+ブラックバナナ粉)は、1のグリーンバナナ粉と比較してそれぞれ最高粘度は204RVU、144RVUと減少した。熟成とともに,アミラーゼ活性が増える事を示した。
プロテアーゼ活性の影響を検討するために、ミキソグラフ試験を行った(図 7)。黒バナナ粉1gと小麦粉9gを水5.5mLと混合し、40℃で20分間インキュベーションし、ミキソグラフ試験をした。その結果、aのインキュベーションをしていないものより、わずかに粘性が低くなることが示された。このことから、ブラックバナナは小麦粉タンパク質の粘性を減少しているのではないかと推察された。過熟バナナの場合、このように酵素類の蓄積がグルテンフリーパンの膨化の鍵となっていると思われた。
オートクレーブ処理(127℃、100分間)でその製パン性は低下したが、その原因は甘味は増したが粘性物質は不明である。
ガゴメコンブの場合;
これまでの食品材料に比べ、もっと粘度の高い材料ではどのような製パンが得られるか検討を加えた。日本人には昔からコンブを食べる習慣があった。北海道が産地である。コンブは多少粘度があり,アルギン酸やフコイダン等粘質多糖類を有している。コンブのうち北海道函館近辺でとれるガゴメコンブ(Kjellmaniella crassifolia Miyabe)は特に粘りの強いコンブとして知られている。このガゴメコンブを用いてグルテンフリーパンの製造を行った。
一般分析値は水分、粗タンパク質、脂質、灰分はそれぞれ10.13、11.79、0.58、17.11%であった(表 7)。これまでの粘性ある物質と同じように小麦デンプン8.86g、生イースト10g、水50mlで10g相当のガゴメコンブの凍結乾燥粉を使って、製パン試験を行ったがこれまでの様な製パン性は得られなかった。いろいろと試験するうちにガゴメコンブ量をずっと少量にして、300mg、生イースト10g、小麦デンプン30.5g、砂糖8.86gで加水量50mlの仕込みで行った結果、これまでのような膨化したグルテンフリーパンの製造ができた。この時ガゴメコンブ300mg加水量を18、20、22、24、26、28、30mlと増加すると,製パン試験結果はパン高、65.4、72.38、79.56、84.04、78.74、64.01,
63.81mm比容積、5.56、5.88、6.89、6.67、5.44、3.96、3.96cm3/gとなり、ガゴメコンブが0.3g, 22ml(加水量)のとき最もよく膨化した(図8)。ガゴメコンブ懸濁液を遠心分離(1,700
g for 10min)後、上清区分と沈殿区分に分けると、良好な製パン性は上清区分にあった。この製パン性はペプシンやエチルエーテル処理等では殆ど変化しなかったがオートクレーブ(127℃、100mm)処理は粘度の低下とともに製パン性も低下した(表 8)。ガゴメコンブ中のアルギン酸,ラミナリン、フコダインがグルテンフリー製パン性への影響が重要と思われた。
モズクの場合;
沖縄など南西諸島産のオキナワモズク(Nemacystus
decipiens)はアルギン酸やフコダイン等の粘質多糖類を含む。凍結乾燥モズク粉340mg、小麦デンプン30g、砂糖8.86g、生イースト10g、水24.0mlの仕込みで、製パン結果はパン高56.08mm、比容積4.00cm3/gであった。ガゴメコンブほどではないが、少量でグルテンフリーパンが得られた。
さいごに;
グルテンフリーパンのための小麦代替材料は天然物の粘性物質を探した。日本には多くの粘性食品があり、これらはいずれも食品衛生的に安全である。バナナの過熟した物は、果物としては価値のないものを有効に利用できる。さらにガゴメコンブやモズクなどは極めて少量でその機能が示された。
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