2010年11月アーカイブ
2010年11月30日 12:12 ( )ホットケーキの話−3
小麦粉クロリネーション(塩素化)によるホットケーキの弾力性獲得の原因が、顕微鏡観察から小麦粉PS(プライムスターチ)区分のデンプン粒(大粒)の表面に、何らかの変化が生じたことと大きな関係のある事が推察されました。
ショ糖脂肪酸エステル(SFAE) 添加で、このクロリネーションデンプン粒表面の異常な動きが消えた事から、次のようなモデル(Cereal Foods World 1993, 38, 493-497)を考えました。
デンプン粒はご存知のようにアミロース、アミロペクチンの集合体でありそれはブドウ糖のポリマーです。ブドウ糖には水と仲のいい水酸基がたくさん存在しています。
この水酸基はデンプン粒表面から外に向かって多く存在しています。水中で水とデンプン粒が仲がいいのはこの為で、デンプン粒は水中ではクロリネーションしたデンプン粒のような異常な行動は認められません。
ところがクロリネーションによってこの粒表面には何か違う性質が得られた様です。つまり、クロリネーションデンプン粒はある自分の好みの部位になるまで回転して、ある位置になると、好きもの同士集まるという性質が水中で数秒間のうちに観察されたという事です。
そしてその性質はSFAE添加で消えた訳です。SFAEはショ糖と脂肪酸のエステルで、ショ糖が脂肪酸と結合しているという代物です。ショ糖にはブドウ糖と同じように水酸基がたくさんあり、水が大好きな物質です。砂糖(ショ糖)をコーヒーに入れればすぐ溶けるのはそのせいですね。
それに対し脂肪酸は反対です。水が嫌いで、水酸基などは全く存在しません。
この性質の全くちがうもの、親水性物質と疎水性物質とをむりやり結びつけられたものがSFAEです。SFAE中の親水性物質のところは他の親水性物質と仲良く、疎水性物質のところは疎水性物質と仲良しです。
水中にあって、デンプン粒はSFAEのショ糖部とは仲がいいのですが、脂肪酸部とは仲はよくないです。
今、クロリネーションしたデンプン粒表面に疎水基が生じているとしたら、SFAEの脂肪酸部位はそちらと互いに引き合うでしょう。そしてSFAEのショ糖部は、周囲の水と馴染むでしょう。
クロリネーションしたデンプン粒をSFAEと接触させると、デンプン粒表面の疎水基はSFAEでブロックされたものと思われます。
即ち、クロリネーションによってデンプン粒表面は何らかの変化を起こして疎水的になったのでしょう。その事がホットケーキの弾力性改良に関与したのではと推察されました。
ならば疎水性になるならば親油性です。疎水性と親油性とは同じです。このクロリネーションしたデンプン粒をオイル(油)と水中で激しく撹拌すると、デンプン粒はオイルに強く結合するはずです。
はじめに牛乳のゲルベル遠心分離機を用いた実験です。牛乳中の油脂分を測定する装置です。オイルはクロリネーションデンプン粒に結合しました。
さらに、試験管の中にクロリネーションデンプン粒、クロリネーションしないデンプン粒をそれぞれとり、同様に水中でオイルとともに激しく撹拌する実験を行うと、クロリネーションしたものは強い親油性を示しました。水中でオイルは本来水より軽く、水層の上に浮かぶけど、このクロリナーションデンプン粒がオイルに多く付着するとこのデンプン粒の自重でオイルは水の中に沈んでしまうのです。
クロリネーションデンプン粒の親油化の程度は、この性質を利用して定量化されました。
次に問題になるのは、このクロリネーションによってどうして親油化が生じたのかでしょう。
それは次です。
論文 (Cereal Chem. 1984, 61, 241-243) 中に、顕微鏡下でこのクロリネーションデンプン粒のオイル吸着している様子を示しましたが、団子状になったオイルドロップにはその表面に、その中に、デンプン粒のぎっしり詰まっっている様子が見えます。コントロールのデンプン粒には勿論このようなものはまったく見えません。
ショ糖脂肪酸エステル(SFAE) 添加で、このクロリネーションデンプン粒表面の異常な動きが消えた事から、次のようなモデル(Cereal Foods World 1993, 38, 493-497)を考えました。
デンプン粒はご存知のようにアミロース、アミロペクチンの集合体でありそれはブドウ糖のポリマーです。ブドウ糖には水と仲のいい水酸基がたくさん存在しています。
この水酸基はデンプン粒表面から外に向かって多く存在しています。水中で水とデンプン粒が仲がいいのはこの為で、デンプン粒は水中ではクロリネーションしたデンプン粒のような異常な行動は認められません。
ところがクロリネーションによってこの粒表面には何か違う性質が得られた様です。つまり、クロリネーションデンプン粒はある自分の好みの部位になるまで回転して、ある位置になると、好きもの同士集まるという性質が水中で数秒間のうちに観察されたという事です。
そしてその性質はSFAE添加で消えた訳です。SFAEはショ糖と脂肪酸のエステルで、ショ糖が脂肪酸と結合しているという代物です。ショ糖にはブドウ糖と同じように水酸基がたくさんあり、水が大好きな物質です。砂糖(ショ糖)をコーヒーに入れればすぐ溶けるのはそのせいですね。
それに対し脂肪酸は反対です。水が嫌いで、水酸基などは全く存在しません。
この性質の全くちがうもの、親水性物質と疎水性物質とをむりやり結びつけられたものがSFAEです。SFAE中の親水性物質のところは他の親水性物質と仲良く、疎水性物質のところは疎水性物質と仲良しです。
水中にあって、デンプン粒はSFAEのショ糖部とは仲がいいのですが、脂肪酸部とは仲はよくないです。
今、クロリネーションしたデンプン粒表面に疎水基が生じているとしたら、SFAEの脂肪酸部位はそちらと互いに引き合うでしょう。そしてSFAEのショ糖部は、周囲の水と馴染むでしょう。
クロリネーションしたデンプン粒をSFAEと接触させると、デンプン粒表面の疎水基はSFAEでブロックされたものと思われます。
即ち、クロリネーションによってデンプン粒表面は何らかの変化を起こして疎水的になったのでしょう。その事がホットケーキの弾力性改良に関与したのではと推察されました。
ならば疎水性になるならば親油性です。疎水性と親油性とは同じです。このクロリネーションしたデンプン粒をオイル(油)と水中で激しく撹拌すると、デンプン粒はオイルに強く結合するはずです。
はじめに牛乳のゲルベル遠心分離機を用いた実験です。牛乳中の油脂分を測定する装置です。オイルはクロリネーションデンプン粒に結合しました。
さらに、試験管の中にクロリネーションデンプン粒、クロリネーションしないデンプン粒をそれぞれとり、同様に水中でオイルとともに激しく撹拌する実験を行うと、クロリネーションしたものは強い親油性を示しました。水中でオイルは本来水より軽く、水層の上に浮かぶけど、このクロリナーションデンプン粒がオイルに多く付着するとこのデンプン粒の自重でオイルは水の中に沈んでしまうのです。
クロリネーションデンプン粒の親油化の程度は、この性質を利用して定量化されました。
次に問題になるのは、このクロリネーションによってどうして親油化が生じたのかでしょう。
それは次です。
論文 (Cereal Chem. 1984, 61, 241-243) 中に、顕微鏡下でこのクロリネーションデンプン粒のオイル吸着している様子を示しましたが、団子状になったオイルドロップにはその表面に、その中に、デンプン粒のぎっしり詰まっっている様子が見えます。コントロールのデンプン粒には勿論このようなものはまったく見えません。
ホットケーキの話−2
ホットケーキの話−2
ホットケーキは、熱いうちに口の中に入れると、口の中で団子状になってスポンジ性がない事が欠点でしたが、小麦粉にクロリネーション(塩素ガス処理)を行うとその欠点が解消した事、そして食品衛生的な観点から、このクロリネーションを何か他の安全な方法に代替えするというのが研究の目的、ということは前回お話しいたしました。
ではどうすればよいのか。
これをはっきりさせるためには、クロリネーションによるホットケーキ弾力性獲得メカニズムの正確な意味が分からないと手が出ません。
そこで、これを解決する為に、小麦粉の分画(水溶性区分、グルテン区分、プライムスターチ(PS) 区分、テーリングス区分)技術、分画区分の再構成粉によるホットケーキベーキングテクニックの作成を行いました。
次に、それらを用いて、クロリネーションした小麦粉としない小麦粉の分画構成区分の相互交換した再構成粉の調製と、それで作ったホットケーキベーキング試験を行いました。その結果、小麦デンプン大粒からなるプライムスターチ区分(PS区分)へのクロリネーションの効果が大切であることを前回述べました。
その先です。
では小麦デンプン大粒(PS区分)のどのような変化が、このホットケーキの弾力性に関係しているのかが問題になります。
小麦粉水溶性区分、グルテン区分、プライムスターチ(PS) 区分、テーリングス区分からなる再構成粉でホットケーキを焼いた時、PS区分のみをクロリネーション小麦粉からきたものに置き換えると、弾力性が生じました。
この時、乳化剤のショ糖脂肪酸エステル(SFAE) をこのバッター(生地)中に入れてやると弾力性が消えた事を記憶しておいてください。
クロリネーションした小麦粉からのデンプン大粒(PS区分)とコントロール小麦粉からのデンプン大粒を顕微鏡下で観察すると、その違いは全く認められません。
色々な化学分析を両デンプンに行い、その違いを調べましたが、その差が全く出てきません。
果たしてクロリネーションは本当に小麦粉中のPS区分に影響しているのかどうだろうか。しかしベーキングするとちゃんと差はあるのですが、化学分析的にはその差は認められないという塩梅で、これは困ってしまいました。
何か微生物の実験書を見ながら行ったある日の実験です。
微生物実験では醗酵試験として、ホールスライドグラスを用いた実験があります。ホールスライドグラスのくぼみの中で微生物を培養し、ガス発生があれば、その上にかぶせたカバーグラスとの間に気泡が生じるという実験です。
小生は、このカバーググラス上に、デンプン粒数十個が水に懸濁しているその1滴を付着させ、これを裏返して、ホールスライドグラスの穴の上部にかぶせます。水滴はホールスライドグラスとカバーグラスの空間にあって、水中のデンプン粒はわずか数秒のうちに水中を沈んでゆくのが上から顕微鏡観察できます。
この方法を使って、水中でのクロリネーション小麦粉からのデンプン粒と未処理小麦粉からのデンプン粒との挙動を比較しました。
前者は、水中で粒同士が接近するとあたかも粒表面に磁力をもっているように、反発して都合のいい位置になると吸着するという異常な挙動が観察されました。この挙動は後者では見えませんでした。
つまり、クロリネーション小麦粉からのデンプン粒は粒同士接近すると、次々に吸着してゆく事が判明したのです。しかし未処理のものはただ単に沈んでゆくだけ。
ショ糖脂肪酸エステルをバッターに添加するとホットケーキの弾力性獲得が消える事と相応して、この顕微鏡下でのデンプン粒の凝集の性質はショ糖脂肪酸エステルを混ぜる消えました。
従って、このクロリネーションした小麦粉中のPS区分の凝集の現象が、ホットケーキのクロリネーションによる弾力性獲得という改良効果とダイレクトに関係するものと推察したのです。
こうして多少研究の方向性が見えてきました。
次回に続けます。
ホットケーキは、熱いうちに口の中に入れると、口の中で団子状になってスポンジ性がない事が欠点でしたが、小麦粉にクロリネーション(塩素ガス処理)を行うとその欠点が解消した事、そして食品衛生的な観点から、このクロリネーションを何か他の安全な方法に代替えするというのが研究の目的、ということは前回お話しいたしました。
ではどうすればよいのか。
これをはっきりさせるためには、クロリネーションによるホットケーキ弾力性獲得メカニズムの正確な意味が分からないと手が出ません。
そこで、これを解決する為に、小麦粉の分画(水溶性区分、グルテン区分、プライムスターチ(PS) 区分、テーリングス区分)技術、分画区分の再構成粉によるホットケーキベーキングテクニックの作成を行いました。
次に、それらを用いて、クロリネーションした小麦粉としない小麦粉の分画構成区分の相互交換した再構成粉の調製と、それで作ったホットケーキベーキング試験を行いました。その結果、小麦デンプン大粒からなるプライムスターチ区分(PS区分)へのクロリネーションの効果が大切であることを前回述べました。
その先です。
では小麦デンプン大粒(PS区分)のどのような変化が、このホットケーキの弾力性に関係しているのかが問題になります。
小麦粉水溶性区分、グルテン区分、プライムスターチ(PS) 区分、テーリングス区分からなる再構成粉でホットケーキを焼いた時、PS区分のみをクロリネーション小麦粉からきたものに置き換えると、弾力性が生じました。
この時、乳化剤のショ糖脂肪酸エステル(SFAE) をこのバッター(生地)中に入れてやると弾力性が消えた事を記憶しておいてください。
クロリネーションした小麦粉からのデンプン大粒(PS区分)とコントロール小麦粉からのデンプン大粒を顕微鏡下で観察すると、その違いは全く認められません。
色々な化学分析を両デンプンに行い、その違いを調べましたが、その差が全く出てきません。
果たしてクロリネーションは本当に小麦粉中のPS区分に影響しているのかどうだろうか。しかしベーキングするとちゃんと差はあるのですが、化学分析的にはその差は認められないという塩梅で、これは困ってしまいました。
何か微生物の実験書を見ながら行ったある日の実験です。
微生物実験では醗酵試験として、ホールスライドグラスを用いた実験があります。ホールスライドグラスのくぼみの中で微生物を培養し、ガス発生があれば、その上にかぶせたカバーグラスとの間に気泡が生じるという実験です。
小生は、このカバーググラス上に、デンプン粒数十個が水に懸濁しているその1滴を付着させ、これを裏返して、ホールスライドグラスの穴の上部にかぶせます。水滴はホールスライドグラスとカバーグラスの空間にあって、水中のデンプン粒はわずか数秒のうちに水中を沈んでゆくのが上から顕微鏡観察できます。
この方法を使って、水中でのクロリネーション小麦粉からのデンプン粒と未処理小麦粉からのデンプン粒との挙動を比較しました。
前者は、水中で粒同士が接近するとあたかも粒表面に磁力をもっているように、反発して都合のいい位置になると吸着するという異常な挙動が観察されました。この挙動は後者では見えませんでした。
つまり、クロリネーション小麦粉からのデンプン粒は粒同士接近すると、次々に吸着してゆく事が判明したのです。しかし未処理のものはただ単に沈んでゆくだけ。
ショ糖脂肪酸エステルをバッターに添加するとホットケーキの弾力性獲得が消える事と相応して、この顕微鏡下でのデンプン粒の凝集の性質はショ糖脂肪酸エステルを混ぜる消えました。
従って、このクロリネーションした小麦粉中のPS区分の凝集の現象が、ホットケーキのクロリネーションによる弾力性獲得という改良効果とダイレクトに関係するものと推察したのです。
こうして多少研究の方向性が見えてきました。
次回に続けます。
ホットケーキの話−1
ホットケーキの品質をよくするために、小麦粉に塩素ガス処理(クロリネーション)をするという事が前回話に出ました。ホットケーキを焼いてすぐのまだ熱いホットケーキを口に入れて食べたとすると、ホットケーキは口の中で団子状になってケーキ本来のスポンジ性が失われてしまう事は前回お話しした通りです。それが大きな問題でした。
これを改良する為に、本来小麦粉の漂白を行う事が目的であったクロリネーションが、この口腔内でのねとつき感の消失にも効果のある事がわかり、エキサイテイングだったわけです。しかしその理由は全く不明でした。
なお小麦粉の漂白は永い間の人間の望みでした。白い粉で白いパンを、白い粉で白いケーキをと製粉技術が進歩してきました。しかしもう白くできる限界です。そこで塩素という薬に頼った訳です。
小生が森永に入り、求められた研究テーマはこのホットケーキの品質改良をクロネーション以外のものでやれないかという事でした。これは難題でした。
まずクロリネーションとは一体小麦粉にどのように効果を示す反応なのか、その化学的な作用機作なる物が不明だったからです。どうしたらよいのか。何をターゲットに研究したらよいかでした。
上司の松木氏は私に非常によいアドバイスを与えてくれました。それは1968年に書かれた論文(Cereal Chem. 35:100(1968))の紹介です。著者はW. F. Sollarsで、当時ワシントン州立大学の教授だったと思います。彼の論文は小麦粉の分画、再構成の研究、さらにその分画区分を用いて再構成粉を作り、その合成粉でケーキベーキングを行うという研究でした。小麦粉をバラバラにし、それを再構築して膨化食品を作るという訳です。そんな事が出来るのかという事でした。
このテクニックを用いて、ホットケーキに与えるクロリネーションの効果の原因、メカニズムを捜す事が大きな方法ではないかと考えました。
小麦粉の分画をまず行ってみました。酢酸でpH3.5にすると小麦グルテンは可溶化します。この性質を利用するので酢酸分画法と呼んでます。
小麦粉に水を加え、撹拌、遠心分離して、小麦粉中の水溶性区分(アミノ酸、ペプチド、水溶性多糖類、タンパク質等)をまずわけ、その沈殿物を酢酸溶液(pH3.5)に懸濁し、これにとけるものをグルテン区分としました。さらに不溶の物のpHを5.0にし、よく懸濁して遠心分離すると沈殿物は2層に分かれます。その上部の黄色いねっとりした物がテーリングス区分(水不溶のものすべてのくるごみため)、底部の純白な区分がプライムスターチ区分(麦類にはデンプン粒は大粒と小粒があり、ここには大粒が来て、小粒はテーリングスに混入します)です。
こうして小麦粉をきれいに4区分に分画し、ほぼ回収率は100%です(水溶性区分10%,グルテン区分10%,テーリングス区分40%,プライムスターチ区分40%ほどの比率)。これを乾燥後、小麦粉と同一比率でブレンドして焼いた時、もとの小麦粉で焼いた物と同一のものが出来るかどうかです。いろいろと苦労して3つの制約(撹拌時間、液体/固体比率、pH)をきちんと揃えると再現性良くできる事が分かりました。その条件でホットケーキを焼き、クロリネーションした小麦粉でも同一のことを行いました。次にはこの4区分の入れ替えを行い、ホットケーキベーキングしました。
その結果、プライムスターチ区分の入れ替えを行ったときにだけ、ホットケーキが口の中で弾力性の生じる事が分かったのです。それまでに多量の小麦粉と大きな時間とエネルギーを使いました。こうしてクロリネーションのメカニズムが判明しました(Cereal Chem 54(2):287-299, 1977)。
驚くのは、こんな話を学生にすると、生まれてないのです。
次は次回に話します。
これを改良する為に、本来小麦粉の漂白を行う事が目的であったクロリネーションが、この口腔内でのねとつき感の消失にも効果のある事がわかり、エキサイテイングだったわけです。しかしその理由は全く不明でした。
なお小麦粉の漂白は永い間の人間の望みでした。白い粉で白いパンを、白い粉で白いケーキをと製粉技術が進歩してきました。しかしもう白くできる限界です。そこで塩素という薬に頼った訳です。
小生が森永に入り、求められた研究テーマはこのホットケーキの品質改良をクロネーション以外のものでやれないかという事でした。これは難題でした。
まずクロリネーションとは一体小麦粉にどのように効果を示す反応なのか、その化学的な作用機作なる物が不明だったからです。どうしたらよいのか。何をターゲットに研究したらよいかでした。
上司の松木氏は私に非常によいアドバイスを与えてくれました。それは1968年に書かれた論文(Cereal Chem. 35:100(1968))の紹介です。著者はW. F. Sollarsで、当時ワシントン州立大学の教授だったと思います。彼の論文は小麦粉の分画、再構成の研究、さらにその分画区分を用いて再構成粉を作り、その合成粉でケーキベーキングを行うという研究でした。小麦粉をバラバラにし、それを再構築して膨化食品を作るという訳です。そんな事が出来るのかという事でした。
このテクニックを用いて、ホットケーキに与えるクロリネーションの効果の原因、メカニズムを捜す事が大きな方法ではないかと考えました。
小麦粉の分画をまず行ってみました。酢酸でpH3.5にすると小麦グルテンは可溶化します。この性質を利用するので酢酸分画法と呼んでます。
小麦粉に水を加え、撹拌、遠心分離して、小麦粉中の水溶性区分(アミノ酸、ペプチド、水溶性多糖類、タンパク質等)をまずわけ、その沈殿物を酢酸溶液(pH3.5)に懸濁し、これにとけるものをグルテン区分としました。さらに不溶の物のpHを5.0にし、よく懸濁して遠心分離すると沈殿物は2層に分かれます。その上部の黄色いねっとりした物がテーリングス区分(水不溶のものすべてのくるごみため)、底部の純白な区分がプライムスターチ区分(麦類にはデンプン粒は大粒と小粒があり、ここには大粒が来て、小粒はテーリングスに混入します)です。
こうして小麦粉をきれいに4区分に分画し、ほぼ回収率は100%です(水溶性区分10%,グルテン区分10%,テーリングス区分40%,プライムスターチ区分40%ほどの比率)。これを乾燥後、小麦粉と同一比率でブレンドして焼いた時、もとの小麦粉で焼いた物と同一のものが出来るかどうかです。いろいろと苦労して3つの制約(撹拌時間、液体/固体比率、pH)をきちんと揃えると再現性良くできる事が分かりました。その条件でホットケーキを焼き、クロリネーションした小麦粉でも同一のことを行いました。次にはこの4区分の入れ替えを行い、ホットケーキベーキングしました。
その結果、プライムスターチ区分の入れ替えを行ったときにだけ、ホットケーキが口の中で弾力性の生じる事が分かったのです。それまでに多量の小麦粉と大きな時間とエネルギーを使いました。こうしてクロリネーションのメカニズムが判明しました(Cereal Chem 54(2):287-299, 1977)。
驚くのは、こんな話を学生にすると、生まれてないのです。
次は次回に話します。
ホットケーキの歴史
静岡県三島市で森永製菓(株)旧食品研究所OB会(大仁ホテル)が11月の6-7日にあり、出席しました。懐かしい顔ぶれの皆さんと40年ぶりにお会いで
きました。会の直前にはホットケーキグループで小生の元上司の松木寿助氏に三島市内でばったりお会いすることもできました。当時、ホットケーキについて色
々ご教示いただきました。なつかしいのでホットケーキのこと、blogします。
ホットケーキの生まれた頃(昭和36年頃)は、まだ日本の 貧しい頃で、ホットケーキは子供のおやつとして生まれたものです。そのごろは日本が次第に豊かになっていった時代でした。若い人は外国映画など盛んに見て 楽しんでいた時代でしたが、やはり映画の画面いっぱいに出てくるアメリカの豊かさは日本人の若い人々にとってあこがれでした。まねをしたい場面がいっぱい だったのです。
あのようにバターをたっぷりつけたパンを食べ、ミルクをのみ、肉、ハム、ソーセージ、チーズ、ワイン、果物を食べたいというわけです。女子供にとっては、オーブンで焼いたホカホカの甘いケーキを食べたいなどもその一つでした。
当 時、我々の食生活はというと、相変らず、ごはん、沢庵の漬け物、梅干し、魚の干物といった塩分の濃い、低カロリーの日本食でした。お母さんがオーブンで焼 きたてのケーキを子供に食べさせたいという事になるのは当然でしょう。そして空腹感を満たしたい。あの暖かいホワホワのケーキを食べたい、食べさせたい。
外 国映画では各家庭にそれぞれオーブンがあり、それでケーキを焼いて食べています。日本ではというとそんなものはありません。あるものはというとフライパン です。当時このフライパンを使ってサッと焼き、熱いうちに食べるホットケーキを考えました。フライパンならオーブンはいらない。熱くしたフライパンで焼こ うと。
こうしてホットケーキは生まれました。しかしいざ小麦粉でホットケーキを焼くと大きなトラブルがありました。小麦粉で焼くとファッ と膨れたホットケーキは、口腔内ですぐに団子状になってしまいました。和菓子のがんずき状になってしまうのです。この改良のため、松木氏は、日清製粉の技 術者と協力して色々苦労されたようでした。
当時アメリカでは小麦粉の漂白を求めてクロリネーション(塩素ガス処理)を行っていました。クロリネーションは強力な酸化剤で、小麦粉中のカロチノイド系色素、ルテインを酸化し、小麦粉を漂白する効果があるというのです。
テ ストしてみると小麦粉の漂白効果と同時に、ホットケーキの品質改良に効果のあることが分かりました。今度は口腔内に熱いホットケーキを入れてもすぐに団子 状にならず、ケーキのスポンジ性が獲得されたのです。こうしてクロリネーションはホットケーキ用の小麦粉改良方法として用いられるようになりました。しか し現在は塩素ガスの危険性からこれを自主的に中止しています。製粉工場内で塩素ガスの苦情も出たようです。
米国などでは未だにクロリネーションをやっているようです。学会などで先方の専門家から「われわれもクロリネーションの中止を考えているが、どうしたらいいの」などと聞かれる事もあります。
小麦粉のクロリネーションで何故ホットケーキに弾力性が生じたのかは、これまでの研究から最終的にはクロリネーションで小麦デンプン粒表面タンパク質が、塩素原子による修飾が起り疎水的になったためと結論しています。この件は、またお話しいたします。
ホットケーキの生まれた頃(昭和36年頃)は、まだ日本の 貧しい頃で、ホットケーキは子供のおやつとして生まれたものです。そのごろは日本が次第に豊かになっていった時代でした。若い人は外国映画など盛んに見て 楽しんでいた時代でしたが、やはり映画の画面いっぱいに出てくるアメリカの豊かさは日本人の若い人々にとってあこがれでした。まねをしたい場面がいっぱい だったのです。
あのようにバターをたっぷりつけたパンを食べ、ミルクをのみ、肉、ハム、ソーセージ、チーズ、ワイン、果物を食べたいというわけです。女子供にとっては、オーブンで焼いたホカホカの甘いケーキを食べたいなどもその一つでした。
当 時、我々の食生活はというと、相変らず、ごはん、沢庵の漬け物、梅干し、魚の干物といった塩分の濃い、低カロリーの日本食でした。お母さんがオーブンで焼 きたてのケーキを子供に食べさせたいという事になるのは当然でしょう。そして空腹感を満たしたい。あの暖かいホワホワのケーキを食べたい、食べさせたい。
外 国映画では各家庭にそれぞれオーブンがあり、それでケーキを焼いて食べています。日本ではというとそんなものはありません。あるものはというとフライパン です。当時このフライパンを使ってサッと焼き、熱いうちに食べるホットケーキを考えました。フライパンならオーブンはいらない。熱くしたフライパンで焼こ うと。
こうしてホットケーキは生まれました。しかしいざ小麦粉でホットケーキを焼くと大きなトラブルがありました。小麦粉で焼くとファッ と膨れたホットケーキは、口腔内ですぐに団子状になってしまいました。和菓子のがんずき状になってしまうのです。この改良のため、松木氏は、日清製粉の技 術者と協力して色々苦労されたようでした。
当時アメリカでは小麦粉の漂白を求めてクロリネーション(塩素ガス処理)を行っていました。クロリネーションは強力な酸化剤で、小麦粉中のカロチノイド系色素、ルテインを酸化し、小麦粉を漂白する効果があるというのです。
テ ストしてみると小麦粉の漂白効果と同時に、ホットケーキの品質改良に効果のあることが分かりました。今度は口腔内に熱いホットケーキを入れてもすぐに団子 状にならず、ケーキのスポンジ性が獲得されたのです。こうしてクロリネーションはホットケーキ用の小麦粉改良方法として用いられるようになりました。しか し現在は塩素ガスの危険性からこれを自主的に中止しています。製粉工場内で塩素ガスの苦情も出たようです。
米国などでは未だにクロリネーションをやっているようです。学会などで先方の専門家から「われわれもクロリネーションの中止を考えているが、どうしたらいいの」などと聞かれる事もあります。
小麦粉のクロリネーションで何故ホットケーキに弾力性が生じたのかは、これまでの研究から最終的にはクロリネーションで小麦デンプン粒表面タンパク質が、塩素原子による修飾が起り疎水的になったためと結論しています。この件は、またお話しいたします。
2010年AACC International 大会に出席して
今年のAACC (American Association of Cereal Chemists, International) 大会は,ジョージア州のサバナ市で10月24−27日にわたって行われました。サバナ市は、アメリカ南部の歴史ある町です。会場近辺は、サバナ川を挟んで ダウンタウンと巨大な会場(コンベンションホール)のある川向こうからなってました。
ダウンタウンのホテル群に泊まった参加者 は、フリーのシャトルバスや汽船で会場まで行けるようになっていました。サバナ市は多くの歴史的な由緒ある地域で、町の中心部には一面しだれのようなこけ で覆われている木々があって,夜にはオレンジ色のライトでそのクラッシックの雰囲気を作っているというなかなかしゃれた観光地でした。
ア メリカはこのところ、年から年中戦争状態であり、困ったものです。そのためか我々がアメリカ国内に入る時の入国手続きは極めて大変です。サバナ市まで行く のに伊丹、成田、ワシントンDCダラス空港とゆき、そこでさらに乗り換えました。ところがこのダラス空港でアメリカへの入国手続きが厳重に行われ、一人当 りの手続きに大変に時間がかかりました。
ヨーロッパからの観光客も多いようだ。指紋、顔写真、聞き取り調査で、長蛇の列はなかなか前に進みません。一時間なんてアッという間でした。日本からアメリカへのフライトは、向い風のせいもあり、15分あまり遅れました。
「次 の乗り継ぎの飛行機に間に合わない」と誰かがいうと、係員は「これは政府の仕事で、航空機会社の都合とは関係ない」と言ってきます。時間はたちまち経過し て、そこを通過してやっとゲートに入ったら、すでに乗り継ぎのサバナまでのフライト時間をとっくにオーバーしています。間に合わなかったのです。
途 方にくれ、飛行機会社に掛け合うと、新しいチケットは出してくれたが、「ツモロー」と言われ、「本日中に行かねばならぬ、どうしてくれるのか」と食い下 がったが、「本日のフライトはもうないよ」と言われてしまいました。しかたないのでインフォメーションでホテル紹介してもらいました。
一 晩宿泊後、翌朝のフライトでサバナ市に行きました。サバナでは、すぐホテルで荷物を解いて会場へ向かい、ポスターをはりにホールへ向かいました。小生の発 表は、"Effect of the outer bran layers from germinated wheat grists on bread-making properties"というタイトルで、小麦フスマの製パン性劣化を改良するという研究でした。これは小生のところで大学院マスターを終了した魚津雅子 さんの仕事です。彼女は、目下日本製粉(株)研究所に勤務です。会場には上司の大楠 秀樹氏も来ておられました。
小麦フスマは小 麦から15%近くもとれ、栄養価も高く、食物繊維としても有効な物質ですが、その製パン性との相性は極めて悪いのです。魚津さんは、発芽小麦から得たフス マを小麦粉に10%置換して製パン試験を行いました。発芽日数を変え、5日目のもので製パン試験するとその製パン性(パン高、比容積)はコントロール(無 添加)の1.4倍ほど上昇しました。その原因は発芽小麦中の分解酵素群(αー、βーアミラーゼ、キシラナーゼ、プロテアーゼ、リパーゼ)でした。特にαー アミラーゼ、キシラナーゼ活性の上昇が製パン性上昇と相関性が高かったのです。そういった内容の発表(Cereal Chem 87(3):231-236, 2010)でした。これは大会3日目のポスタートークでも発表しました。ポスタートークとは、終了したポスターをさらに別室に張替え、そこで内容をオーラ ルで5分間、スライド3枚で紹介後、さらにデスカッションするというものでした。ポスターセッションで2日間貼付けデスカッションし、更に1日このポス タートークでデスカッションするという油断ならぬ発表でした。
色々なヒトが興味を持ってくれて、特に発芽したフスマに対して大きな関心があったようです。
グ ルテンフリーの学会(第2回のGluten-Free Cereal Products and Beverages学会)が6月にフィンランド、テンペ市であり、その内容についてはご紹介した通りでしたが、やはりこの分野の発表がAACC大会でも多 く目に止まりました。
特にメキシコのAlma R. Islas-Rubioさんのオーラル発表では、グルテンタンパク質をキモトリプシンを用いてメチオニン修飾し、それを用いた合成粉でパンを焼いてまし た。このペプチドは、CD(Celiac disesase) 患者のserum IgA immunoleactivityを低下させ、病気が出にくくなったという発表でした(Journal of Cereal Science 52 (2010)310-313)。その後、御本人が丁度小生のポスターに来たときに、詳しく伺う事も出来ました。他に雑穀を用いたグルテンフリーパンの発表 等があり、興味深かったです。Celiac病は、アメリカ、ヨーロッパで次第に増加しているといいます。 わが国でもこの問題は油断できません。時間の 問題でしょう。それまでにこの様なものに対するグルテンフリー食品加工の可能性を研究しておかねばならないと感じてます。
相変わらずデンプン生合成、抵抗性デンプンの研究がAACCでは主体で、グルテンフリーの研究など新しい流れは前年度に引き続き大きな流れになってました。
帰 国時にもやはりフライトにトラブルがありました。ワシントンDC、ダラス空港に到着し、建物の中に入ると大きな声で "Seguchi" とアナウンスメ ントがあり、「直ちにC-1gateへと」いうアナウンスメントでした。両手に重い荷物を抱えて長い廊下を走ってやっと飛行機に間に合いました。やれやれ やっと日本に無事帰国出来た次第です。フライトと次のフライトのつなぎ時間の1時間は絶対無理ですね。2−3時間は必要です。皆さん御旅行時には心してく ださい。
今回のフライトで驚いたのは、このユナイテッド航空ではおやつにカップヌードルが出たことです。たしかきつねうどんでした。宇宙食にもあるのですから、あり得ますね。